日本酒とフランス料理の相性は?

 東日本大地震は、80%の電力を原発に頼っているフランスにも大きなショックを与えた。募金を集めるチャリティー・コンサートやバザーなどが頻繁に開催されている。
 日本で働くフランス人シェフたちが交代で福島県の避難所を訪れ、本格的フランス料理を毎日振る舞ってくれたというニュースも嬉しかったが、パリの庶民派フレンチ・ビストロとして名高いBistrot Paul Bertでは150ユーロのチャリティー・ディナーを企画した。こちらの庶民の感覚では決して安くはない値段なのだが、180人の申し込みがあり、37120 ユーロの義援金を赤十字に寄付したということだ。フランスと日本の強いつながりを感じられる。
 日仏関係の歴史をふりかえってみると、フランスに日本の文化が伝わったのは19世紀、絵画を通してのことだ。印象派の画家たちが日本の浮世絵に影響を受け、ジャポニズムが広がった。ゴッホ、マネ、ドガ、ロートレックの業績は、広重や北斎に言及せずに語ることはできない。ジャポニズムは単なる流行ではなく、新しい視覚表現の可能性としてして、西洋絵画の歴史のなかで大きな役割を果たした。
 日本文化がフランスに与えたもうひとつのカルチャーショックはガストロノミーの分野である。現在のフランス料理は日本なしには語ることができないのでは? と思われるほどだ。1970年代、辻静雄に招かれたポール・ボキューズが懐石・京料理に感銘を受けたのがその始まりということだ。デザインされたような美しい盛りつけ、小麦粉やバターを使わない軽い仕上げのソース、加熱する時間を短縮して新鮮な素材の香りを活かすことが、フランス料理に取入れられるようになった。これを、レストランガイドブックのゴーミヨーが「ヌーヴェルキュイジーヌ」と呼び、当時のフランス料理を一新した。
 1980年に広まったジョエル・ロブション、ベルナール・ロワゾー、アラン・デュカスによる「キュイジーヌ・モデルヌ」では、伝統的なフランス料理では使われていなかった素材や味を取入れられるようになった。シェフたちは醤油、日本酒、味噌、日本野菜を使うようになり、ロブリュションは日本酒をクールブイヨンに入れる試みをした。
 そのロブリュションの弟子で、80年代にトゥール・ダルジャンのシェフを勤めたドミニック・ブッシェは、著作『La cuisine wa-bi』 のなかで、日本酒の使い方について次のように説明している。「『帆立貝のカルパッチオ』には香り高い吟醸タイプの日本酒をひとさじ加えてみると、帆立貝のふくよかさが引き立ち、『フォアグラと燻製ウナギの日本酒仕立て』を一杯の熟成タイプの日本酒と共に味わうとフォアグラのまろやかさが強調され、絶妙な相性によって新しい味を発見させてくれる」(注1)。
 また、料理に使うだけではなく、彼のレストラン「ドミニック・ブッシェ」では、金沢 福光屋の酒をメニューに入れている。ワインを日本酒に変えようというわけではなく、フランス料理と相性のいい日本酒もあるということ知ってもらおうと努力しているシェフのひとりだ。
 また、メニューに、料理とそれに合う日本酒を並記しているレストランもある。梶原節紀氏がシェフをつとめる、パリのLe Clarisse。ラングスティーヌのカルパッチオには黒龍山田錦、アンコウのチョリソ味には九平次純米吟醸というような組み合わせが、メニューに並んで記載されているので、フランス人にとっては日本酒を発見する良い機会になる。
 パリで約40種類の日本酒を販売している「Issé workshop」には、アラン・デュカスをはじめとした、パリの星付きレストラン50店のシェフが訪れるという。残念ながら、一般のフランス人には、「日本酒は強い」という誤ったイメージがまだ根強く残っている。日本には2000近い酒蔵があり、ワインに勝るとも劣らないヴァラエティーに富んだ味があるということが、クリエイティブなシェフたちの努力を通じて少しずつ広まっていくことを期待したい。(なつき:パリ在住)(注1)p.19 『La cuisine WA-BI』Dominique Bouchet著、Glenat出版 (2007年)

月刊 酒文化2011年07月号掲載