ローマにも悦楽のアペリテイーヴォ

 一〇月末まで気持ちのいい暖かい日々が続いたローマで今、大ブレイクしているのはアペリティーヴォだ。夕方に町を歩くと、バールのテラスやガーデンバールなどで一杯片手におしゃべりを楽しんでいる人達の姿をよく見かける。これはアペリティーヴォをしている人達だ。
 アペリティーヴォは食前酒の意味だが、仕事帰りやショッピングの後、会社の同僚や友達と近くのバールで夕食前に軽く一杯を楽しむことを表している。目的は飲むというよりも、夕食前に友人たちや同僚などとおしゃべりをしながらゆったりとした時間を過ごすこと。息抜きや気分転換をしたいとき、一日のストレスを吹き飛ばしたいときに欠かせない一杯である。夕食の時間が遅いイタリアでは、仕事が終わった時というのは当然食べるにはまだ早い。そこで、一杯ひっかけてから、食事をするという習慣が根付いたようである。
 アペリティーヴォの値段は大体一杯五ユーロ前後で、食べ放題のおつまみがついてくる。人気のある飲み物は、カンパリやマルティーニ、またはノンアルコールを含む各種のカクテルだ。イタリアで依然人気が高いのは、プロセッコ(発泡白ワイン)だ。大抵のバールは店オリジナルのカクテルレシピもあるので、様々なバールのオリジナルを試すのもアペリティーヴォの楽しみ方の一つ。
 アペリティーヴォの由来は一七八六年にピエモンテ州でヴェルムトが作られた時代にも遡ると言われる。ヴェルムトはワインに薬草やハーブを漬け込んだお酒で、その後マルティーニやチンザノ社が有名になった。
 北イタリアではずっと前から楽しまれていたこの習慣は、ローマにも一応は存在していたが、今では形と内容を変えて本格的なブームを巻き起こしている。ローマでも昔は、一八時半から二一時の間の時間帯にバールに行って、ドリンクを注文すれば、ほとんどのバールでおつまみが出されていたが、それはポテトチップスやナッツ類に過ぎなかった。今では、パタティーネ(チップス)やナッツやオリーブはもちろんだが、カナッペやサラミ、各種のチーズや生ハム、野菜やポルケッタ(ラツィオ州特有の豚の丸焼き)、パスタやお米のサラダなど食べ物がより充実するようになり、それが人気の秘訣であるとも言える。当然、お店によっておつまみの種類が違うので、それもバール選びのポイントとなる。
 以前アペリティーヴォといえばどの町角にもある古びたバールのイメージが浮かんだのだが、最近そのような伝統的なバールよりも、洒落た内装と雰囲気のバールがローマっ子に人気を呼んでいる。最近はワインバーやエノテカもアペリティーヴォをし、ワインをグラス売りするので、気になるワインを試飲したいときに便利。ソムリエさんもいて、ワインについて色々相談できる。
 料理のバラエティとボリュームから、生バンドの演奏などの雰囲気作りまで、アペリティーヴォは進化し続けている。
 出されている食べ物の量が増えたので、夕食が食べられなくなる場合もある。また、夕食がいらないぐらい満腹になることもできるので、アペリティーヴォは若者に大人気。食べ放題という感覚がまだまだ新鮮であるイタリアでは、お酒の代金だけで各種のおつまみを好きなだけ食べられるという概念は魅力的だ。また、今夜軽く済ませたいなという人にとってはこういったバールが最適だ。とにかく、ローマではアペリティーヴォの人気が急上昇中だ。
(シェイラ・ラシッドギル:コラムニスト、ローマ在住)

月刊 酒文化2005年01月号掲載