ハンガリーのコチマ文化

 ドナウ川がゆったりと流れ、見晴らす限りの大平原が広がる国、ハンガリー、他のヨーロッパの国々同様、酒文化と生活は深く結びついている。
 ワインの産地として有名なハンガリー、ハンガリー語でワインは「Bor(ボル)」、この語尾に「〜の場」と言う意味の「zó」をくっつけると「Borozó(ボロゾー)」となりワインの飲める飲み屋をさす。「ワインバー」と訳すと聞こえがいいが、様々な産地のワインがテスティングできるのかも!などと期待をしてはいけない、近所の人々が集まる普通の飲み屋だ。
 ビールはハンガリー語で「Sőr(シュル)」、こちらも「zó」をくっつけて「Sőrőzó(シュルズゥー)」となると、ビアホールと言う意味、やはりビールだけでなく何でもありの飲み屋の事、時にレストランも兼ねる。
 その他、飲み屋の総称として「Kocsma(コチマ)」という言葉がある。小さな町でも、町の中心やバス停の前など人の集まる場所に必ずあり、地元の人の社交場となる。朝から開いているコチマも少なくない。
 生ビールの頼み方はグラスの大きさによって名称が変わる。「コルショー」はジョッキで五〇〇cc、「ポハール」はグラスで三〇〇cc、帰り際に、もうちょっとだけという場合には「ピッコロ」と二〇〇ccのビールを頼む事も出来る。
 ワインの場合は赤か白か、一〇〇ccか二〇〇ccかを告げる。ハンガリーではワインもビールと同じく気軽に飲む酒のひとつ、安ワインはペットボトルに入って売られているし、どんな場末のコチマでもワインが飲める。その際、銘柄を気にしてはいけない、洗練されたハンガリーワインを飲みたい人はレストランへ。コチマで出てくる安ワインは楽しく酔っぱらうためにある。
 安ワインの飲み方に、「フルゥッチ」と呼ばれる炭酸水割りがある。グラスのサイズ、ワインと炭酸水の割合によってそれぞれ名称があるのもおもしろい。いくつかあげると「フルゥッチ」または「ナージ(大きい)・フルゥッチ」は三〇〇cc、割合はワインが二に対して炭酸水が一。同じく三〇〇ccでも、ワインが一に対して炭酸水が二なら「ホッスー・レーペーシュ」、二〇〇ccのグラスにワインと炭酸水が一対一なら「キシュ(小さい)・フルゥッチ」、その他五〇〇ccの大きなグラスにワインが三、炭酸水が二なら「ハーズ・メシュテル」などなど、この場合、白ワインが主流だ。
 コチマによってはピーナッツやラードを塗ったオープンサンドが買えたりもするが、ハンガリー人は基本的につまみ無しで飲む。日本人のように、最初にビールを、次はチュウハイを、と酒の種類を替える事はあまりない。途中にアルコール度の高いリカーをショットではさむ事はあっても、最後までビール、またはワインで通すのが一般的。
 乾杯する時は「Egészségedreエゲースシェーゲドレ(あなたの健康に)!」または、「Egészségűnkreエゲースシェーグゥンクレ(わたし達の健康に)!」とお互いに声を掛け合い杯を交わす。
 だが、一九九九年までハンガリー人の多くはビールで乾杯をする際、杯を合わせる事を嫌った。一八四八年独立を望んだハンガリー人の反乱があり、それを鎮圧したオーストリア軍が勝利を祝ってビールの入ったグラスを合わせカチンと音を鳴らすのを見て、一五〇年の間、乾杯の時にビールのグラスを鳴らすまいと誓いを立てたのだと言う。
(すずきふみえ:フォトグラファーー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2006年08月号掲載