ワインフェスティヴァルの楽しみ方

 丘の上からゆったりと流れるドナウ川を見下ろすように立つブダ王宮、毎年九月、この王宮の敷地内でワインフェスティヴァルが開かれる。ハンガリー国内では最大規模のこのフェスティヴァル、一五回目を迎える今年は九月六日から一〇日までの五日間。
 ワインフェスティヴァルの入り口では入場料と引き換えにワイングラスが渡される。会場での支払いはチケット制なので、適当な金額をチケットに替えておく事も必要。そして、片手にグラスを持ち、ずらりと並んだブースを覗きながら、気になるところで足を止めてまず一杯。ワインは一〇〇ccからグラスに注いでもらう事が出来る、その値段は銘柄やワイナリーによってチケット一枚から一〇枚以上の物まで様々。
 ワインの入ったグラスを片手に、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、グラスの中身が空になったら、別のブースで違うワインを味わう。有名どころのワインをこの時とばかりに試すのもいいし、聞いたことのないワイナリーから隠れた逸品を探すのも良し、テイスティングといってもワインに関するウンチクなどは、一般市民の口からはあまり聞くことはないだろう。基本的には仲間とわいわい楽しく飲む事が一番大切、歩行型の飲み会と化しているグループも多々ある。
 ワインのつまみにはやはりチーズ、ハンガリー名産のチーズは『ケチケシャイト(山羊のチーズ)』ほんのり乳臭さの残る塩気の利いた白いチーズだ。空腹を感じたら、香ばしい煙の上がっているテントを目指そう、パプリカ味のソーセージが巨大なフライパンの中で焼かれているはず。『ラーンゴシュ』と呼ばれる平たい揚げパンは腹持ちのいい軽食だ。他にも、窯焼きピザやグリルチキン、甘党には薄いパイ生地にリンゴやチェリーを包んで焼いた『レーテシュ』がおすすめ。
 食事の出来る場所にはステージがある。ワインにまつわる古い歌が披露され、ジプシーバンドが甘くせつないメロディーを奏でる。そして、美しい民族衣装に身を包んだ男女が民俗音楽に合わせて踊る姿もワインフェスティヴァルには欠かせない。
 通りかかった小さなワイナリーのブース、ひげを蓄えたロマンスグレーの紳士が手招きをしている。値段も高くないので一杯味見をする。紳士はワインを注ぎながら『赤ワインの効能を知っているかい?』と話し掛けてきた。『赤ワインはね、レディーをその気にさせるのさ、それも情熱的にね、ふぉふぉふぉふぉ(笑)』よく見ると、この紳士、頬がうっすら赤い、立ち寄るお客に釣られてかなりいい感じに飲んでいるらしい。
 日が暮れると王宮はライトアップされる。そして、ワインフェスティヴァルは夜半まで続く。ドナウ川に架かる鎖橋にもライトが点灯し、丘の上から絶景を望みながらハンガリーワインを味わう事の出来る夜、初秋の涼しい夜風を受けながら、眼下に広がるなんとも贅沢な夜景が、ハンガリーワインの味をさらに深く演出するのである。
(すずきふみえ:フォトグラファーー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2006年09月号掲載