3つの太陽に育てられる白ワイン〜バダチョニ

 内陸の国ハンガリーで『ハンガリーの海』と呼ばれる中欧最大の湖、バラトン湖。東西77Kmに渡って細長く伸びる湖は東京23区ほどの大きさを誇る。青空の広がる日に少し離れたところからバラトン湖を眺めると、湖面が水色と碧の中間、翡翠のような色をたたえている。そのまったりとした色は美しく、時を忘れて眺めてしまうほど。夏になるとビーチは湖水浴を楽しむ人で賑わい、厳寒期には氷に覆われ、普段とは違う表情を見せる。
 このバラトン湖の北側にはハンガリーワインの産地がいくつもある。湖の南側に比べて起伏のある地形、火山岩を多く含む地質、湖面からは適度な水分が空気中に上がり、南向きの斜面には一日中たっぷり太陽の光があたる、葡萄の栽培に最適な土地だ。バラトン湖のワインと言えば白ワイン、バラトン湖畔に住む親戚の家に行くと、自家製の白ワインが必ず食卓に上がり、子どもだった自分にも味見をさせてくれた、と言う思い出を持つハンガリー人も多いだろう。
 その生産地のひとつ、バラトン湖の北側では西の端にあるバダチョニ、ゆるやかなカーブを描く斜面にワイン畑が広がり、その下にバラトン湖を望むことが出来る。バダチョニの代表的な品種はオラス・リズリング(Olaszrizling)、マスカット・オットネル(オットネル・ムシュコターイOttonel Muskotály)、トラミニ(Tramini)ハンガリー語でスゥルケ・バラート(szürkebarát)「灰色の修道僧」と呼ばれるピノ・グリ(Pino Gris)、そして「青い茎」という名のケーク・ネリュー(Kéknyelű)、このブドウはバダチョニで古くから作られてきた品種のひとつで、他の地方ではほとんど見かけることが無いバダチョニの特産だ。
 ワインメーカーではセレムレイ・フバ(ハンガリー式に姓・名の順)氏が有名、ハンガリー国内はもちろん、フランスやイタリアなどのコンクールでも数々の賞を取っている。そして、それらの実績からハンガリー国外でもその名は知られ、現在20カ国以上の国にワインを輸出している。上記の品種の他にも、ピノ・ノワール(Pinot Noir)からは、白、ロゼ、赤が作られ、ゼウス(Zeus)からは、しっかりとした甘味がありながらも軽やかな素晴らしいスイートワインが作られている。やはり白ワインが中心だが、近年ではケーク・フランコシュ(Kékfrankos)など、赤ワインの生産にも力を入れている。
 バダチョニのワインの中には3種類の太陽光が込められていると言う。ひとつは空から降り注ぐ太陽の光、ふたつめはバラトン湖の湖面が反射する太陽の光、そして3つ目はバダチョニ山と呼ばれる黒い丘からの放射熱、昼の間、太陽光を十分に吸収した玄武岩が夜じわじわと放射熱を発するのである。ブドウ畑は、この黒い丘とバラトン湖の間の斜面一面に広がっている、何とも恵まれた環境にある幸せなブドウ畑。きりりと冷やした辛口の白ワインにも、その風味に3つの太陽の暖かみが感じられ幸せな気分になる。
(すずきふみえ:フォトグラファー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2006年10月号掲載