ルーマニアの北部、ウクライナと国境を接する山岳地方、マラムレシュ。女性は膝丈のフレアスカートにスカーフ、男性はつばが小さめの帽子を頭にちょこんと乗せ、家畜の世話と畑仕事に精を出す。民族衣装が普段着の場所はヨーロッパでも数少ない。ここ数年で自家用車が増えたと言っても、まだまだ村の交通は馬車が中心、まるで、タイムトリップしてしまったかのような、牧歌的な生活が、山あいに点在する村々に残る。
村での生活はとってもシンプル、牛や羊のミルクからチーズを作り、家の周りを駆け回るニワトリや自家農園から日々の糧を得る。クリスマスやイースターなどの祝い事には、豚小屋で大切に育ててきた丸々と太った豚を解体する。そして庭に生えているのはプラムやリンゴのなる果物の木。
たわわに実ったプラムにリンゴ、これら天の恵みから、マラムレシュでは『ツイカ』と呼ばれる蒸溜酒が造られる。2回蒸溜された物はアルコール度数が50度を超える。そんな透明の液体をショットグラスに注いで、お互いの健康を願う乾杯の声と共に一気に飲み干す。飲み干した瞬間、喉に焼け付くような刺激を感じるだろう、それでも、純度の高い、クリアなアルコールの喉越しは悪くない、そして果物の甘酸っぱい香りがほのかに香る。
果物は樽に入れて発酵させる。朝露を受け地面に落ちた熟れた実も、はしごに乗って摘んだ実も、まとめてすべて樽に放り込まれる。そのまま自然に発酵させ、それを蒸溜するだけ、昔から変わらない素朴な酒の造り方。蒸溜器のある掘っ立て小屋では村人達が交代で番をし、蒸溜器を24時間稼動させる。そこは自然と村の寄り合い所となり、出来たてのツイカを味見しながら井戸端会議ならぬ、蒸溜器端会議に花が咲く。
この果物の蒸溜酒は東欧から中欧にかけてはどこでも造られているが、ルーマニアではこのマラムレシュ地方のツイカは一目置かれている。なんといってもアルコール度が数段高い。それをショットで何杯も流し込む事のできる村人達。ホスピタリティに溢れる村の習慣で、旅人は朝晩構わずツイカでの歓迎を受けるだろう。働き者で有名なマラムレシュの人々、朝から一杯引っ掛けて、こちらがふらふらしていても、笑顔で馬車に乗って畑仕事に出かける。
ルーマニアに行く機会があれば、必ず味見する事になるだろうこのツイカ、自家製が当たり前の酒だけに、商品化はあまりされていない、店で見かけるのは難しいだろう。そんな時は市場ヘ行こう。大きな町の市場では公には売られていないが、聞いて周ると必ず誰かが売っている。
確率が高いのは蜂蜜売り、花の咲く木の側で養蜂業を営む農家は、果物のなる木とも縁が深いのだろう。「ツイカある?」と聞くと、蜂蜜の並んだ台の下からミネラルウォーターやジュースのラベルのついたペットボトルを取り出す。このボトルに自家製の透明なツイカが詰められている。再利用のペットボトルは自家製の印、味見をすると甘く発酵した果物の香りがふわっと鼻に抜け、村の新鮮な空気が呼び覚まされる事だろう。
(すずきふみえ:フォトグラファー・ライター、ブダペスト在住)