ハンガリーワインを牽引するヴィッラーニ

 ハンガリー国内を北から南に流れるドナウ川。その昔、遠くの東から来た騎馬民族(ハンガリー人)が「ドナウ川の向こう岸」と呼んだ西岸トランスダニュービア地方。ブダペストから約二〇〇kmほど南下した「南部トランスダニュービア」は伝統的にワインの生産が盛んな土地だ。そして、クロアチアの国境近くにヴィッラーニと呼ばれる小さな町がある。なだらかな丘の麓にあるこの町は、ハンガリー国内でもトップクラスのワインメーカーが名を連ねるワインの産地だ。
 ヴィッラーニと言えば赤ワイン、濃いルビー色をたたえたタンニンの豊かなフルボディ。代表的な品種は「ポルトギーゼー(Portugieser)※」そして「ケークフランコシュ(Kékfrankos)」、その他にも近年では「カベルネ・フランク(Cabernet Franc)」、「カベルネ・ソーヴィニョン(Cabernet Sauvignon)」「メルロット(Merlot)」などの生産も盛んだ。
 この地のワインづくりの歴史は長いが、オスマントルコの時代が終わり、ドイツ系住民がこの地に入植してから目覚しく発展した。「ポルトギーゼー」を持ち込んだのも彼らだと言われている。一九世紀にはウィーンやトリエステにも輸出をしていた。しかし、共産主義時代は他のワイン生産地同様、主な輸出先ソビエト連邦の方針により、質より量が求められ、ヴィッラーニのワインもその品質を保つ事が出来無かった。
 一九八九年、共産主義時代が終焉を迎え、ワイン産業にとっての暗黒の時代も幕を閉じた。しかし、そこから再度事業を軌道に乗せることは多難な事だった。それでも、ヴィッラーニのワイナリーはいち早く、ワインの品質を上げるためにステンレスのタンクや新しいオークの樽などに投資をした。そしてそれはこの小さな町の町興しに繋がる。各ワイナリーはワインの品質では競争をしながらも、経営、生産方法などの知恵を分かち合った。そしてたった一〇年程でその品質を国際レベルにまでに向上させ、ヴィッラーニの名前をワインの名産地として広めたのだ。
 その第一人者の一人はゲレ・アティラ(Gere Atilla)氏だろう。体制変換直後の一九九一年、ワイナリーに併設したペンションをオープンしたのもゲレ氏だ、ハンガリーにおいてワイン・ツーリズムという言葉が定着する前の事である。彼のワイナリーを代表するワインは「コパール・キュヴェー(Kopár Cuvée)」厳選されたブドウのみを使用しオーク樽で一六〜二〇ヶ月間熟成される。そして、もう一人はボック・ヨージェフ(Bock József)氏、国内外のコンクールで数多くの賞を受賞している実力者。ブダペストの五つ星ホテルにビストロをオープンしたりと、ここ数年さらに事業を拡大している。他にも、マラティンスキ・クーリア(Malatinszky Kúria)、ゲレ・タマーシュ(Gere Tamás)、ヴィリヤン(Vylyan)ティファーンズ(Tiffán's)などなど、上質のヴィッラーニ・ワインの蔵をあげると切りが無い。
 これらヴィッラーニのワインは、ブダペスト市内のワインショップからスーパーマーケットまで様々な場所で購入する事が出来る。そして、もし、このワイン村に足を運んだなら、ぜひワイナリーの経営するペンションに泊まり、ゆっくりと時間をかけていくつかの蔵をめぐりながら様々なワインを味わってもらいたい。
※「ポルトギーゼー(Portugieser)」はEUの規定によりに統一されたドイツ語の名称。ハンガリー語名は「ケークオポルトー(Kékoportó」
(すずきふみえ:フォトグラファーー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2006年12月号掲載