ホットワインの香る冬

 ハンガリー人にとって長い冬の大きな楽しみであるクリスマス、11月には店先にクリスマスのディスプレイが飾られ始め、12月に入ると街の中心の広場では、ツリーの飾りやロウソク、プレゼント用の雑貨や小物が並ぶクリスマス・マーケットが開かれる。寒波が来れば日中だってマイナス気温になる真冬の青空市場、雪がちらつく事もある。それでもハンガリー人たちは毎年ワクワクしながら足を運ぶ。
 マーケットの一角には軽食を取れるコーナーがある、ハンガリー風パプリカのきいたソーセージが炭火で焼かれてもくもくと煙を上げている。そのそばを通り過ぎると、ソーセージとは別の甘い香りが漂ってくるはず。行列の先を見ると大きなホーローの鍋や素焼きのカメからほかほかと蒸気が上がっている。その中身はホットワイン、寒いクリスマスマーケットに欠かせない飲み物だ。
 ホットワインはハンガリーの冬の風物詩、安ワインを温め砂糖を加え、レモンの皮、そしてシナモンやクローブなどのスパイスで香りをつける。白ワインでも赤ワインでもいい、気取らない温かな家庭の味でもある。街中でも寒くなると「ホットワインあります」の張り紙をちょくちょく見かける、ふわっと甘くそしてスパイシーな香りが漂ってきて、どこかでホットワインを売っているんだなと気がつくこともある。
 12月24日の夕方からは地下鉄や市電も運休となり、街はひっそりと静まりかえる。暖かな家の中で家族が揃って夕食を食べる日だ。クリスマスの食卓に上るのは魚料理、海の無いハンガリーでは鯉やナマズなどの淡水魚を食べる。そしてもちろんアルコールも欠かせない、赤ワインに白ワイン、そしてスパークリングワイン、子ども向けにアルコールの入っていないスパークリングワインもある。ビール党もワイン党も連休に備えて、クリスマス前にどっさり買いだめをしておかなければならない。自家製のパーリンカ(果物の蒸溜酒)やウォッカなど、強いお酒も必要だろう。そして、連休の間に買い置きしてあったすべてのアルコールを飲んでしまった場合、誰かにもらって居間の棚に忘れ去られていたウイスキーやリキュールの栓まで開けられることになるだろう。家族とゆっくり過ごすクリスマスは飲んで食べてを繰り返す休日、日本のお正月とよく似ている。
 クリスマスが終わるとスーパーの特売品のポスターが鯉からソーセージに変わる。ハンガリーでは年明けにソーセージを食べる。大晦日はクリスマスとは打って変わってにぎやかだ。ここ数年爆竹は禁止となっているが、紙で出来たラッパが売られ、そこら中からぷ〜、ぶ〜〜と騒音が一日中上がる。夜になると友人たちとワインやスパークリングワインのボトルを片手に街へ繰り出す、大通りは歩行者に開放されコンサートなども開かれる。そして、年が明ける10秒前、カウントダウンが始まり、秒針が0をさした瞬間から盛大に花火が打ち上げられる。アパートの窓からロケット花火も発射する家族も少なくない、その煙と光でブダペストの夜の空がオレンジ色に染まる。そして、この瞬間を祝うため、勢いよく開けられるのはやはりスパークリングワイン、自宅だったらグラスを片手に、街に出ていたらボトルを友人たちと回し飲みしながら新年を祝うのである。(すずきふみえ:フォトグラファー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2007年01月号掲載