中世の町並みで金色のビール

 チェコ共和国の首都プラハ、街の中をゆっくり流れるヴルタヴァ川とカレル橋、そして石畳の残る旧市街と川向こうに聳え立つ王宮、その美しい街並みは世界中から来た観光客を一年中魅了している。
 街の中心にある一軒のピヴニツェ(ビアホール)、開店と同時に次々と客が訪れあっという間に満席となる老舗の一軒。席についた客の前には、生ビールの注がれたジョッキが注文しなくてもどかっと置かれる。ジョッキの大きさは500ccが基本、金色に輝くピルスナー・ビールだ。常連客が集まったテーブル、顔見知りだろうウェイターが通りがかりに客をからかい笑い声が上がる、なんとも楽しげなビールの国、チェコ共和国の日常のひとコマである。
 一緒に入ったレストランでチェコ人の友人は席についた途端とりあえずビールを頼み、それからゆっくりとメニューを見始めた。ここに来る前はチキンにしようかなぁなんて言っていたのに運ばれてきたビールに口をつけ、くいっと喉に流し込んだ後にこう言う「いやぁ、ビールを飲んだらグラーシュ(ビーフシチュー)が食べたくなったな」、何はともあれビール、ビール優先なのである。昼時の混み合ったレストラン、テーブルを見渡すとランチメニューを注文し待っているスーツにネクタイの男性の前にもビールが置かれている。
 ビアホールはもちろんレストランやカフェでも気軽にビールは楽しめる。たいてい店の入り口にある看板でどこの生ビールがあるのか分かる。一番見かける事が多いのは「ピルスナー・ウルクエル」ピルスナー・ビールの発祥の地、プラハから鉄道で1時間半ほどの距離にあるプルゼニュ(ドイツ語でピルゼン)で最初に作られた本家本元のピルスナ−だ。次に多く見かけるのは1517年創業を誇る「クルショヴィツェ」、他にもプラハのビール「スタロプラメン」「バドワイザー・ブドヴァル」などがある。「バドワイザー・ブドヴァル」はアメリカのビール「バドワイザー」の名前の由来になったが、こちらが本家、アメリカのバドワイザーとはまったく関係のない別のビールだ。数種類の生ビールを揃える店も多いし、生の黒ビールもある。また、普通の生ビールに黒生ビールをミックスして飲むこともできる。
 そして、もうひとつチェコ共和国で忘れてはいけないお酒がある、それは「ベヘロフカ」。数種類のハーブで作られた甘いリキュール、温泉で有名なカロルヴィヴァリで作られる。アルコール度は38度、ショットグラスに注いでストレートで飲むのが普通だが、トニックで割っても良い、ベヘロフカとトニックの頭文字をとって「Beton」と呼ばれる飲み方だ。カロルヴィヴァリでは温泉の水を飲む「飲泉」が盛んで、湯治客はマグカップ片手に源泉をめぐる。そしてベヘロフカは13番目の源泉と呼ばれる、シニカルなユーモアのセンスのあるチェコ人は「13番目の源泉だけが体に効くんだよ」と笑いながら教えてくれるのである。
(すずきふみえ:フォトグラファー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2007年02月号掲載