カラシニコフで二日酔い

 ブダペストでは、これから暖かくなるにつれて通りにテーブルを出すカフェやレストランが増えてくる。昼間はコーヒーや軽食を楽しむ人の姿が見られるが、ワインやビールなどのアルコールもメニューに載せているので、夜になると飲みに来る客も多い、一日中営業をしているカフェには昼とは雰囲気の違う夜の顔があるのだ。
 そんなカフェやレストランが集まって並んでいる賑やかな通りはいくつかあるが、日本のように飲み屋が軒を連ねる繁華街、ネオンまぶしい夜の街はブダペストには無い。だから酔っ払いがあふれている通りも無いし、飲みすぎて道に座り込んでいたり、つぶれた友人を介抱しているなんて姿を目にする事がほとんど無い、もっとも冬の間は氷点下にもなるブダペストで酔っ払って道で寝てしまったら命にかかわる。
 もちろん酔っ払いがいない訳ではない、街中に点在するコチマ(飲み屋)では、夜も更ければ、店の中で眠ってしまったり、他人に絡んだりする光景も見られるが、そんな酔っ払いが千鳥足でも自分の足で家路につく姿を見ると妙に感心してしまう。ビールを水代わりに飲み、ショットグラスに注がれたウォッカなどのハードリカーをいくつも流し込む、日本に比べたらやはり酒豪の多い国なのだ。
 ハンガリー人は数人で連れ立ってグループで飲みに行く事を好む、この辺は日本人とよく似ていると思う。若者のグループなどでは、羽目をはずして大声を出してはしゃぐ客も見かけるけど、「イッキ」をするなど無茶な飲み方は無いし、飲めない子に無理矢理に飲ませる事もしない。日本の若者に比べると、早いうちから肩の力を抜いてお酒を楽しんでいる気がする。もちろん、結果的に飲みすぎた話はよく聞く、二日酔いがどんなにひどかったかなんて話は何度も耳にしている、そうやって酒豪の道へ鍛錬を積んでいるようにも見えてくる。
 ある晩、友人たちと二日酔いの話をしながら飲んでいると、バーテンダーの友人が「この間はカラシニコフにやられたよ、次の日は動けなかったんだ」と言った。カラシニコフとはロシア製自動小銃の事、誰が名付けたのか物騒な名前で呼ばれているウォッカの飲み方があるらしい。興味津々のわたし達の前に彼はショットグラスを並べウォッカを注ぎ始めた。
 ウォッカの注がれたショットグラスをレモンスライスで蓋をして、その上にグラニュー糖を小さじ一杯ほど乗せる、砂糖の上にラム酒を数滴たらしてライターで火をつける、ゆらゆらゆれる青い炎の下でレモンスライスに乗った砂糖がプチプチとカラメル状になりいい香りが上がる、火の消えたところでレモンをつまんでウォッカの上に軽く絞ってから口に入れる、そして甘く爽やかなレモンの味が消えないうちにウォッカを流し込む、これが予想以上のおいしさなのである。普段飲んでいるざらついた味を残す安ウォッカも飲みやすくしてしまうなんとも危険な飲み方だ。わたし達はすぐに二杯目を注文してしまう、そしてまた次……その度に場は盛り上がり楽しい夜となる。
 次の日、カラシニコフにやられた事に気がついて頭を抱えてしまうのだけれども……。
(すずきふみえ:フォトグラファーー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2007年03月号掲載