お酒を取り囲む厳しい環境

 常夏のイメージの強いインド。首都デリーでは、夏は五〇度近くにまで気温が上がります。でも、その暑さに体が慣れている彼らにとって、氷点下近くまで下がる、冬の寒さはかなり厳しい。そんな寒さから、体の中からじわじわと身を守ってくれるのが、あの魅惑の液体、アルコール類です。
 酒屋がオープンする昼過ぎになると続々とどこかから男性が集まり、お店はいつも混雑します。
 庶民にとってお酒はあまり好まれた物ではありません。大多数を占めるヒンズー教やイスラム教の教えにも反します。また、幾重なる税金のかかった値段の高いお酒は生活費の負担にもなり忌み嫌われています。まして、女性がお酒を飲むなど、もっての他。お酒を嗜める余裕のある人達でさえも、女性がお酒を飲むことに抵抗を示します。
 そのせいか、どの酒屋も、商店街の角や、裏手の目立たない場所にひっそりとあり、女性客を見た事がありません。店内はどこかうす暗く、気軽にお酒を買えるような雰囲気ではありません。順番待ちで列をなしている男性達も何か悪いことをしているかのように、背中を丸め小さくなり、どこか俯き加減で、自分の番を待っています。そして、購入したお酒の瓶を手にするやいなや、外から見えないように上着の内ポケットや紙袋などにあわてて隠し、足早にその場を去って行きます。
 お酒を取り囲む行政も日本に比べてインドは厳しい面があります。デリーではお酒が飲めるようになるのは二五歳からです。一部の許可を得たレストランやバー以外の公衆の場所での飲酒も条例によって禁止されています。ようやく、五スターホテルなどでの二四時間営業のバーが認可されはじめましたが、一般のバーでは、お酒が出せるのは午前〇時までです。日本のお花見のように、公園で桜を愛でながら、ちびりちびりと時間を忘れお酒を飲むなんて粋な事、こちらでは夢のまた夢です。
 昨年、インド南部に位置するアンドラプラディッシュ州の村で酒騒動が起こりました。
 厳しい村での生活。現実を忘れさせてくれるお酒は男性には必需品です。ただ飲み方を間違え、子どもの教育費や生活費までをもお酒に換えてしまう。そんな様子に業を煮やした女性たちは、村の自治体に働きかけ、村にある全ての酒屋を数日間閉める事に成功しました。しかし、それでもお給料が出る時期になると酒屋が開き、男性が性懲りもなくお酒を購入し続けるので、「アルコールがない村作り」をスローガンに、一致団結し、テレビカメラを呼び、自分や子ども達の生活を守るために、村にある全部の酒屋を打ち壊すパフォーマンスに打って出たのでした。
 このようにインドでのお酒の環境は、恵まれているとはいえません。そのような環境の中でも、お酒の売上が年々上がっています。どこの国でもそうですが、やはりお酒との関係を断つのは難しいようです。
(いけだみえ:フォトグラファー・ライター、ニューデリー在住)

月刊 酒文化2007年03月号掲載