インド流お酒の嗜み方

 コンサルタント会社を経営しているジャマーンさんのストレス発散方法は、日曜日に仲間達とするテニス。10年前から始めたテニスですが決まった時間にコートへ行けば、特別な約束がなくても、顔なじみが集まってくるそうです。
 テニスで気持ちの良い汗をかいた後に『一杯』と思うのは、どの国の人々も同じ。でも、昼間からお酒が飲めるお店が少ないのがインドのお酒事情。加えて、ジャマーンさんのお宅には、敬虔なイスラム教信者の年老いたご両親がおり、お酒を心から嗜める雰囲気ではないそうです。
 そんな彼が、テニスを終えた後、仲間と向かうのは、コート近くの公園。ベンチや木陰などに、人数分の座る場所を確保すると、車に戻り、コーラのペット・ボトル2本と売店でよく利用されている飲料メーカーの名前が入ったコップを手に、戻って来ます。これから酒宴の始まりです。
 パブリックスペースでの飲酒が禁止されている首都デリーでは、もちろん公園でお酒を飲むことができません。彼が取り出した1本のペット・ボトルには、コーラと同じ色をしたラムが入っていて、もう1本に入っているコーラと割りながら飲めば、傍目からはお酒を飲んでいるようには見えません。また、飲料メーカーの名前が入ったコップを使うのは、万が一、警察官に声を掛けられた時に、「そこの売店で買ったコーラを飲んでいるのだ」と、言い逃れをするため。「おつまみは、毎週同じ売店で調達しているから、口裏工作はばっちりだ」と頬赤くした彼は笑います。
 夜暗くなると、若者達が車で集まる駐車場や公園などがあります。レストランやバーでお酒を飲むと、お店にもよりますが、だいたい1杯200ルピー(日本円で約550円)前後かかります。更に酒税が20%。おつまみには、12.5%のVAT(付加価値税)がかかり、とても賄える金額ではありません。彼女とのデートなどの特別な場合を除き、若者達は、割り勘でお酒のボトルを購入し、このようなスポットで隠れて飲みます。車を停めて、コップを傾ければ、売り子がおつまみを売りに来たり、警察官の見回りがあったり、とても、落ち着いてお酒が飲める環境ではありません。
 その様子は、ジャマーンさんの若かった20年前も今もあまり変わっていないそうです。今では、仕事の付き合いなどで、バーやレストランへ行ったり、週末ともなればホームパーティに夫婦で招かれたり、自然とお酒に触れる機会も多くなったそうですが、それでも、ジャマーンさんは、若かった頃に誰かに見つかるか分からないと、どきどきしながら飲むお酒の格別な味が忘れられないそうです。それで次の日曜日も、彼はラケットだけではなく、ペット・ボトルの入った大きなバッグを抱えてテニスに参加する予定なのだそうです。
(いけだみえ:フォトグラファー・ライター、ニューデリー在住)

月刊 酒文化2007年04月号掲載