ブラジルの焼酎「火酒」

 ブラジルのお酒と言えば、サトウキビを蒸溜してつくるカシャーサだ。漢字では「火酒」と書くだけあって、アルコール度数は四〇度と高く、ストレートで飲むと喉が焼けるように熱い。
 この火酒、面白い事にブラジルでも場所によって呼び名が違う。サンパウロでは「ピンガ」、ブラジル南部では「アグアデェンテ・デ・カーナ」、ミナスジェライス州では厳しい定義で製造されたものを「アーティザン・カシャーサ」と呼んでいる。いわゆる「焼酎」の類で、庶民のお酒だ。どこのスーパーにも飲み屋にもある。見た目も焼酎にそっくりで、色は透明。ただ、樽で寝かせたものは琥珀色で、各地・各製造所によって味も値段も格段に違い、下手なワインやウイスキーよりも高いものもある。
 飲み方に特別な決まりはなく自由なのだが、ストレートかカイピリーニャ(ライムと砂糖を混ぜ、氷と火酒を注いだもの)で飲むのが主流。
 どんな所で飲むのかといえば、バールと呼ばれる一杯飲み屋のような大衆食堂。朝は六〜七時から夜は深夜まで開いていて、ハンバーガーやコーヒー、ジュースはもちろんのこと、日替わり定食、ビール、そして火酒にタバコなどを売っている。
 かつてこうしたバールを営んでいたという日本人のお爺さんに、ブラジル人の火酒の飲み方を聞いたことがある。ブラジル人の多くは貧困層で、客の大多数も決して裕福ではない。朝早くから働きに出る人は肉体労働の人が多いのだが、そうした人たちが朝一番に立ち寄り、火酒のストレートを頼む。「51」や「ypioca」と呼ばれる大量生産の経済酒。その透明な液体をガラスのコップにほんのわずか、五〇CCかせいぜい一〇〇CC程度を注ぐ。それで一〇〇円くらい。国民の八割はカトリック信者だから、多くの客が顔の前で十字架を切って、火酒をカウンターの端に数滴垂らし、神にも捧げる。そして一気に喉に流し込む。朝一番の火酒で体が思わずブルっと震えるのだそうだ。毎日同じ場所に垂らすため、カウンターのその部分が汚れて、板が脆くなったと言う。
 カイピリーニャもバールが多いが、簡単なので家でつくる人もいる。普通のグラスに箸やスプーンがあればできてしまう。邪道と言う人がいるかもしれないが、大量につくる場合、ジューサーでつくっている人を見たこともある。混ぜる果物だってライムだけとは限らない。パッションフルーツやパイナップル、キウイでつくることだってできる。
 ブラジルには一五〇万人とも言われる日系人がいる。かつて日本酒も焼酎も手に入らない中、手軽で安価なお酒「火酒」を料理酒や焼酎代わりに用いた名残は今もある。ブラジルへ来た当初、「梅酒でも飲む?」と言われて、喜んで待っていたら出てきたのは「梅火酒」だった。
 ものすごく高級で高価な火酒から、ブルリと体を震わすバールの火酒。そして、料理酒や梅酒にまで化けてしまう火酒。まさしく「酒は文化」。ブラジルの文化は火酒なのだ。
(おおくぼじゅんこ・サンパウロ在住)

月刊 酒文化2009年06月号掲載