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蒸溜に魅せられたヴィットリオ
蒸溜に魅せられたヴィットリオ  
map 2004年10月下旬にイタリアのヴェネト州に足を伸ばし、カーポヴィッラ蒸溜所を訪ねました。ヴェネト州はイタリア北東部に位置し、古くからグラッパづくりが盛んなところです。州都は水の都として名高いヴェネツィア。オーストリアに近いためドイツ語圏の影響を受けてきました。
 カーポヴィッラ蒸溜所は、さまざまな果実から高級スピリッツをつくり出す蒸溜所として注目を集めています。今回は、同社の取り組みから蒸溜酒の可能性を展望してみようと思います。

蒸溜酒づくりの完全主義者
 ミラノからヴィツェンチャまで特急で約2時間、そこからさらに車で1時間ほどのところにカーポヴィッラ蒸溜所はあります。創業者で酒づくりを一手に引き受けているヴィットリオ氏と、彼の娘のオリヴィア、それに数人の従業員によって運営されている小さな蒸溜所です。製造しているのはグラッパのほか、りんご、チェリー、洋ナシ、桃などのさまざまな果実などを蒸溜した酒。生産量は年間で2万本ほどしかありません。けれども、この蒸溜所が生産する酒の評価は高く、ドイツ、スイス、オーストリア、デンマークなどたくさんの国々に輸出されています。
 この蒸溜所が高く評価されるのは、完全主義者と表されるヴィットリオの揺ぎない酒づくり哲学が、最終製品にまで徹底して貫かれるからでしょう。彼は最高の果実の蒸溜酒をつくるために、自ら果実を栽培し、収穫時期を見極め、どのような原料処理をして仕込むかをすべて自分で決めます。イタリアには100を超えるグラッパ蒸溜所がありますが、こうした取り組みは類を見ません。

安酒からの転換点
 グラッパはイタリアを代表する蒸溜酒です。ワインをつくる文化をもった地域の多くが、その搾り滓(ヴィナッチャ)を蒸溜した酒を持っています。グラッパはそのなかでもイタリアでつくられたものだけが名乗ることができ、フランス産のものはマールと呼ばれます。
 ワインづくりの副産物として出るヴィナッチャを原料とするからでしょう、グラッパには長い間、安く酔うためだけの粗悪な酒というレッテルが貼られていました。そうした状況ですからグラッパに品質を求める人はなく、蒸溜所は「いかにアルコールをたくさん抽出するか」しか考えませんでした。
 それが最近20年間で様変わりし、高品質なグラッパの愛好家が急増したのです。その経緯は宮嶋勲氏の「輝き出したグラッパ」(本誌2003年6月号)に詳しいのですが、簡単におさらいしておきましょう。宮嶋氏は、グラッパの評価が一変し、高級化路線が確立され、広く認知されるようになった理由として、大きく4つのことを指摘しています。第一は、単一品種の鮮度のよいヴィナッチャを蒸溜する者が出て、良質な原材料を丁寧に蒸溜すればおいしいグラッパになることを示したこと。第二は蒸溜所がそうした商品に破格の値段をつけ、従来の商品と一線を画したこと。第三に高級グラッパにふさわしい手作りの繊細な瓶に詰めたこと。第4に、高級品が認められると、銘醸ワイナリーがこぞって自社のヴィナッチャを使ったグラッパを商品化するようになり、高級レストランや海外のワインユーザーに一気に広がったことです。

何よりも良質な素材
 ヴィットリオがカーポヴィッラ蒸溜所を創業したのは、1986年のことです。グラッパの蒸溜所は20世紀の初頭にはイタリアに2000近くあったとされ、古い歴史をもつものが多いなかで、これは異色です。蒸溜所を始める前に彼は、醸造機器メーカーに勤務していました。オーストリアやドイツを担当し、その時に蒸溜酒づくりに関心をもつようになったと言います。オーストリアではさまざまな果実を使って、フルーツの香りを残した蒸溜酒づくりが盛んです。彼はその魅力にとりつかれ、ついに故郷イタリアに蒸溜所をオープンすることを決断したのでした。
 蒸溜所を訪ねると、グラッパの蒸溜時期で忙しいなか、ヴィットリオ自身が案内してくれました。大きめのガレージといった建物が数棟ある程度の小さな工場です。
 庭先にはフランスのシャンパーニュから届いたばかりのピノ・ノアールのヴィナッチャが、ビニールに包まれて置かれていました。ヴィナッチャには2種類あります。ひとつは赤ワインのヴィナッチャです。葡萄の皮や種と果汁を一緒に発酵させる赤ワインは、発酵後にヴィナッチャが出ます。それにはワインのアルコールがたっぷり含まれています。一方、白ワインは葡萄を破砕するとすぐに搾り液体だけで発酵させます。このヴィナッチャにはアルコールが含まれていません。ただ、時間が経つとワインづくりと同じ理屈でヴィナッチャが発酵を始めます。この過程を経て蒸溜にもっていきます。
 ヴィットリオはヴィナッチャを包んでいたビニールを空けて、「嗅いでみろ。(構わないから)触ってみろ」と言います。甘さと発酵した酸味の混じった臭いが鼻を突き、わずかな暖かさを感じます。彼は「うちのヴィナッチャは良質のワインをつくるワイナリーのものばかりだ。これが粗悪なものでは話にならない」と言います。さらに「(グラッパには若干の副原料を使うことが認められているが)他のものは一切使わない。素材そのもののポテンシャルを引き出すだけで、味わいを完成させる。これがカーポヴィッラ蒸溜所のプライドだ」と熱く語ります。

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