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日本と海外の酒めぐり
ヴェトナムに探る酒文化
ヴェトナムに探る酒文化  
 ヴェトナムは人口八〇〇〇万人、近年は年率七%〜八%の経済成長を達成し、もっとも重要な投資先としてしばしば紹介されます。ソニーやトヨタなど日本を代表する多くの企業が、勤勉で安価な労働力を求めて早くから進出しましたが、購買力の増大にともなってこれからは市場としても注目されていきそうです。
 酒や食の文化は支配下においた中国とフランスの影響を強く受け、異文化が融合して独自の文化が花開きました。今回はこれからますます身近な国になっていくであろうヴェトナムの酒を旅してみましょう(図表1)。

戦争が終わってもビールどころじゃ……
 「われわれがふだんビールを飲めるようになったのはまだ一〇年そこそこですよ」と話すのは、ハノイで日本語通訳として活躍しているニャーさんです。今年、五二歳になったという彼から聞いた酒ライフは、ヴェトナムの庶民の暮らしをたどるようでした。
「はじめて酒を口にしたのは子供の頃、何歳だったか覚えていないけれど、父の焼酎でした。父は健康のためだといって毎日ほんの少し焼酎を飲んでいまして、それをいたずらで舐めてみたのです。
 私は一九五三年にハノイで生まれました。ディエンビエンフーが陥落する前の年です。それから一九七五年までずっと戦争でした。食料優先でしたから酒づくりは禁止されていましたが、大人たちはキャッサバなどを原料にしてこっそりつくっていました。たぶん父の焼酎も密造だったと思います。
 ビールはハノイにもフランス資本のビール会社があったのですが、庶民の口には入らない。それでも、ときどきコップ一杯分のビールの配給がありました。飲まない人はその権利を売ってお金に換えていましたね。
 戦争が終われば生活は楽になると思っていたのですが、違いました。戦争中は中国やソビエトから支援がありましたが、それがなくなったうえに、戦争で国土はひどく荒廃してました。農業合作社の皆平等に収穫を分けるやり方にも問題があって、働いても収入が同じだと皆怠ける。戦争に勝つという目標がなくなって気持ちはバラバラ、そのうえ食料は足りない。たくさんの人々がボートピープルとなって海外へ逃げていきました。
 変わるのは一九八六年に経済優先を打ち出したドイモイ政策からです。頑張れば収入が増えるようになって、一九九〇年代に経済成長が軌道にのる。それからです、われわれがビールを飲むようになったのは」

九二年はヴェトナムのビール元年
  ニャーさんの話のとおりヴェトナムのビール消費量は、一九九二年を転機として急増しています(図表2)。一〇年後の二〇〇二年に発行された観光ガイドブックには、「ヴェトナムの庶民の味はビアホイ」という紹介があり、ホテルや高級レストランではビールが冷やして出されるが、路上ではジョッキに氷を入れて飲むビアホイが一〇分の一の値段で売られているといいます。何やらビール急増と深く関係していそうな記述です。
 日本からホーチミン市に着いたその晩、さっそくビアホイ探検に繰り出しました。けれども結果は空振り。ガイドさんから「ホーチミン市内はほとんど生ビールに変わりました。ビアホイはありません」と言われ、日曜日の晩にもかかわらず賑わっているビアトィ(生ビールの意)酒場に入ります。家族連れや男性のグループ客が目立ち、暑いのにあちこちでフウフウ言いながら鍋料理をつついています。ビールの味もなかなか。海外の巨大メーカーが直接・間接に進出し、技術レベルがアップ、品質の向上が著しいと言います。
 ホーチミンでは見ることができなかったビアホイには、中部高原地帯の田舎町コンツムの郊外で遭遇しました。街道沿いの小さな集落に「BIA HOI」の大きな看板を見つけたのです。店の真中には不釣合いに大きなビールタンクが一本あり、しかも冷蔵されていました。お客さんはポリタンクを持参して必要なだけ買って帰ります。ビールがほんとうに灯油のように売買されているのです。
 南の経済都市ホーチミンでは姿を消していましたが、後日、首都ハノイ市内でもビアホイ酒場を見つけました。ただ、さすがにポリタンクの持ち帰りはなくなっているようでした。南部と北部、都市と農山村の所得格差がビアホイを通じて浮かんでくるようです。
 ビアホイはビールよりもアルコール度数が低く、安価な原料でつくられた軽い味わいのビールです。かつては異臭がするなど品質面で問題のある製品が多かったと聞きますが、今は製造機器と技術が安定して、「まずくて飲めないもの」ではなくなっています。また、最近の報道では、ヴェトナムにビールを売り込みたい海外企業が、税制面で優遇されているビアホイを貿易障壁だと訴えていると言います。そしてWTO加盟を目指す政府は、ビアホイの課税率を引き上げる方針とか。どこかの国でも、酒が税制に振り回されていましたっけ。

写真提供『週刊新潮』撮影:本田武士

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