"ギンジョー"の夢

メリカでもけっこうな量の日本酒が造られているのを知っている人はどれくらいいるだろうか。
いや、本当に「日本酒」が造られているのか? 日本で造られたものではないのだから「日本酒」と呼ぶにはちょっと違う気がする。それなら「清酒」と呼べばいいのか。でも日本のような定義がアメリカには存在しないのであえて「清酒」と呼ぶことにあまり意味がない。
ならば「sake」はどうか? そう、これがアメリカでの正式名だ。それは「rice wine」、すなわち「米のワイ
ン」と定義づけられている。
呼称はどうであれ、アメリカにおける「sake」の歴史は多くの人たちが想像するよりもかなり長い。アメ
リカに初めて酒蔵ができたのはなんと明治時代だったのだ。
初の酒蔵はさかのぼること明治三五年(一九〇二年)、日本で酒造業を営んでいた日系の移民たちが始めたのである。その当時から現在までにアメリカ全土で三七もの酒蔵が存在していた。しかし当時の「sake
」がアメリカ社会に受け入れられるチャンスは皆無に等しく、飲んでくれるのは日系移民のみという状況の中で、その多くが早い段階で廃業に追い込まれた。一九二〇年から一〇年以上も続いた禁
酒法もあった。ほとんどの酒蔵が絶えてしまったのも無理はない。
しかし一軒、よく知られている酒蔵がホノルルにあった。「HonoluluSake Brewery」と呼ばれ、禁酒時代を除く一九〇八年から一九八五年まで醸造を続けた。ハワイで酒造り?
常夏の島で、なかなか想像できないことかもしれないが、なかなかうまい「sake」を造っていたという。
もうひとつ驚くべきことは、現在どれだけの「sake」が造られ、そしてアメリカで消費されている酒のう
ち実際にどれだけがアメリカ産のものなのかだ。二〇〇二年、アメリカで七五七〇キロリットルの「sake
」が醸造された。かなりの量である。
そして日本から輸入された酒は二〇四七キロリットル。つまりアメリカで消費された酒のおよそ七八%分がアメリカで造られたものということになる。産業としては「sake」醸造はなかなか健全であり、有益だと言えるだろう。
さて、アメリカ産の「sake」の味はどうか? 日本で造られているものと直接比べるのはあまりフェアで
はないだろう。使われているのも日本産の酒米じゃない。たとえアメリカで酒米を作っているにしても、環
境面、そして経験から考えても日本で造られているものほどうまくできるかどうかは疑わしい。それに水質も違う。べつにアメリカの水が悪いと言っているわけではないが、ただ違うのだ。こうやってごくごく基本
的なことだけを考えてみても、アメリカ産と日本産の酒を比べるのは容易じゃない。
しかしである。これはおそらく多くの人が賛同してくれると思うが、特定名称酒に限っていえば、アメリ
カ産のものはまだまだ到底日本産のものにかなわない段階にあると言える。そして僕が思うにしばらくの間はこの状態が続くはずだ。
ただこれは「今」の話だ。時間はかかるかもしれないが、もしかしたらこの状態に変化が現れるかもしれ
ない。ずっと前からカリフォルニアでもワインが造られていたが、当初はまったく評価されていなかった。
でも今日、カリフォルニアから世界のトップクラスのワインが産み出されている。もしかしたらいつかアメ
リカ産のすばらしい「ginjo」が味わえる日がやってくるかもしれない。

(ジョン・ゴントナー:日本酒ジャーナリスト)

月刊 酒文化2004年05月号掲載