保守的な町でも日本酒に関心

この四月、日本酒をアメリカに輸入しているワイン会社のスタッフと共に、僕は二週間の旅に出た。その目的はもちろん日本酒の啓蒙活動。行き先はアメリカ東部の主要都市で、各地の小売店を重点的に回った。そこで、なかなか興味深い場面を目にし、また今後の課題も具体的に考えることができた。
大都市にある小売店はどこでも皆一様に日本酒に理解を示し、少なくとも我々が持ってきた商品をウチの棚に置いてみようじゃないかという意欲は見せてくれた。事前にアポイントを取り、商品のサンプルをきき酒してもらい、僕の日本酒ミニトークを聞いてもらう。もちろん持参する商品はどれも素晴しいものばかりなので、長年ワインの味を厳しく見極めてきた舌でもうならせることができる。一口でも味を見てもらえば、皆どうにかして二・三種はおけるスペースを確保し、様子を見てみようじゃないかと言ってくれる。小売店もどうやら日本酒の人気が出てきたことや、店に日本酒を入れれば消費者に喜んでもらえると認識しているようだ。
ところがワシントンDCだけは話が違っていた。朝一番に、輸入業者のスタッフは僕に「ここの卸売りの
人間は日本酒にあまり力を入れてないんだよ」と耳打ちしたのだが、はたして一日の終わりになると「どうやら強固に保守的な小売店がDCには多い」という意見に変わった。
とにかく何に関しても勝手が違った。「興味ないね」ときき酒さえもしようとしない店。またきき酒をし個人的に
は気にいってくれても「こういうものに割くスペースがない」「おいしいけど、ウチのお客は買わない」等の
答えが返ってくる。そういう店でちらっとワインの棚に目をやると、新世界ワインのごく小さなワイナリー
の品まで扱っていたりする。
そしてこのかたくななまでの保守的な傾向はどうやら小売店にかぎった話のようで、様々な日本酒を置いているレストランは何軒もある。それからDCでも消費者向けの日本酒セミナーをしたのだが、二〇〇人も出席し、入れなかった人たちのウェイティングリストには一八〇人分の名前が載ったほどだ。
最終的にわかったことはつまり、日本酒を抵抗なく受け入れているのは進歩的な都会であるということと、保守的な土地にある小売店は消費者のニーズに応える速度が遅いということ、そして保守的な土地でも消費者が興味を持っていないということではない、ということだった。
そこで今後はどうすればいいのだろう? もちろんまだ時間がかかる、ということは明らかだ。それは前提
に置いた上で、日本酒の輸出に関わっている日本の団体と、日本酒をアメリカで売っているアメリカの団体が手を組み、日本酒もワインのように気軽に楽しめる高品質な嗜好品であるという認識を高める活動がもっと行われると良いだろう。
考えられる活動の一つとして例をあげると、ワインの影響からアメリカ人は食中酒として日本酒を楽しもうという人たちが多く、僕もしょっちゅう「何を一緒に食べたらいいか?」と聞かれる。そこで、アメリカでも手軽に現地の食材で作れるような(できればヘルシーな和食の)レシピなどをのせたパンフレットを
作成してみるのも手だろう。
たしかにマーケティングには莫大な費用がかかるが、日米の日本酒業界に身を置く者たちが知恵をしぼり合い、もっと多くの日本酒が太平洋を渡ることができるはずだ。

月刊 酒文化2004年08月号掲載