日本酒の器とは

 外国や異文化の中で日本酒が浸透し始める時、まず必ずといっていいほど持ち上がるのが「日本酒を飲むにあたってどのような容器を用いればよいか?」というトピックだ。人々はただでたらめに飲むのではなく、できるだけ正しく日本酒を楽しみたい、そして正しい容器を用いることによって日本酒の可能性を最大限に引き出したいという気持ちを持っている。それはいいことだと思う。しかし「正しい容器とは何か」と聞かれると、返答に窮するのが本当のところなのだ。
 それは、酒の飲み方の文化的な違い、「お酌」をするかしないかが大きな要因のひとつだ。日本では酒を飲むときに用いる容器のサイズや形は、人々がお酌をしあうということを踏まえて作られている。お酌は頻繁にした方が盛り上がるから、自然と小さめの容器が好まれる。ビールを飲むときだって日本では皆小さなグラスだ。あれは他の国では滅多にお目にかからない、特に西洋では互いにお酌をするということがほとんど皆無なので、小さなグラスは非実用的なのだ。
 また、日本で日本酒を楽しむためには「これだ」というスタンダードな容器が開発されてこなかったという理由も考えられる。それから、燗酒はもちろん外国でも飲まれているが、近頃人気が出てきているのは吟醸酒だということ。それもキリッと冷えたのが好まれている。だから容器といっても人々が頭に描いている容器はあくまでも「グラス」なのだ。
 と、ここで蛇の目の一合Aきぢょこのことを思い出した。あれなら日本でたしかに普遍的に用いられ、試飲会や品評会でも使われている。ただ消費者が日常的に使っているかと考えると、そういうわけでもない。
 だから僕は外国人向けにセミナーをする際には、前提として上記に挙げたようなことをまず伝え、それからおそらく最もシンプルに日本酒を楽しみたいなら普通のワイングラスや、横がまっすぐなタンブラーを使うといいだろうと提案している。
 さて、日本酒用のグラスと言えば、数年前、世界的に知られているオーストリアのグラス会社「リーデル」が一五ほどの酒蔵の協力を得て大吟醸グラスなるものを作った。たしかにこのグラスを使うと大吟醸の香が非常に良く楽しめる。ただリーデル社もあえて名称で強調しているとおり、このグラスは大吟醸向けなのだ。典型的な吟醸香や吟醸の味を持たない酒には、このグラスの持つ特徴はあまり生かせない。また、これは僕の個人的な考えだが値段が高く、ステムがあるせいで、日本の食卓にデザインが合わないと思う。
 そんなところへ最近、リーデル社が新しい商品を打ち出した。彼らはすべての商品のステムをカットしたグラスを発売することにしたのだ。記者発表の際に、僕も新大吟醸グラスで試飲させてもらったが、これがなかなか良い感じだった。どんな日本酒に対しても完璧な唯一無二のグラスなんてものはあり得ないけれど、この新タイプのものは大吟醸をさらに美味しく感じさせてくれ、手に握る感触も良いし、日本の食卓に置いても浮くことがない。
 そのほかにもドイツのグラス会社が日本酒専用のグラスの開発を進めていると聞いている。時が進むにつれ、冒頭で挙げたトピック「どんな容器で日本酒を飲めばよいのか」ということはさらに話題にあがることとなるだろう――外国や異文化の中で日本酒が「嗜好品」として浸透すればするほど。
(ジョン・ゴントナー:日本酒ジャーナリスト)

月刊 酒文化2005年02月号掲載