日本酒をおもしろくするカード

 一昨年の7月、米国ラスベガスにあるMGMグランドホテルに「SHIBUYA」というレストランがオープンした。この店がアメリカ人の日本酒への関心を高めるために一役買っていると言っても過言ではない。開店以来まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで今日に至っているのだ。
 僕がこの店にSAKEプログラムを制作するよう依頼された時、彼らはこう言っていた「北米で最高のものを用意してくれ」と。まず、60から75種の銘柄を選んだ(日本酒の世界をアメリカ人によりわかりやすく伝えるような選択をするように心がけた)。そして、レストランで働くスタッフの訓練も引き受けた。
 スタッフのひとりエリック・スワンソン氏は以前大分県に住んだことがあり、日本語もかなり話すことができる。彼と僕は機会があるごとに連絡を取り合うようにしている。そのおかげでごく最近の様子も伝わってきている。たとえばこの1月、2月、3月には、日本酒の売上だけで毎月6万ドル以上。これまでの最高で一日に8000ドル売ったこともある。もちろんラスベガスという町は、人々がお金を使いにやってくる町だということも忘れてはいけない。けれども、こういった明るいニュースを聞くと僕もつい飛び上がりたくなる。
 この店の席数は220。値段もそう高いわけではないので一般の客も気軽に入ることができ、また俗に言う「セレブ」達もよく訪れる。僕がちょっと教えてもらった有名人達のお気に入りの日本酒はというと、女優のニコール・キッドマンは久保田の「碧寿」が好きで、ホッケーの選手ウェイン・グレツキーは「花薫光」のファン。有名なスケートボードの選手トニー・ホークは「天鷹」が好きなんだそうだ。
 それからナスカーレーシング(米国で大人気のモータースポーツ)の優勝チームがやってきたとき、そのドライバーは奥の松の「純米大吟醸 FN」が気に入ったという。料理の鉄人である森本正治氏は浦霞の「禅」を。同じく有名なシェフであるジョエル・ロブション氏は開運の「高天神」。あのタイガー・ウッズは八重垣の「無」がお気に入りだそうだ。それからイチローもやってきたそうだが…飲んだのはキリンビールだけ。
 さてこの好調な売上は日本酒の美味さはもちろんのこと、やはりサービスマンのユニークな方法が訪れる人たちの心をとらえているからと言ってもいい。スワンソン氏は店内をまわり、客が注文した食事のメニューや好みに合わせて日本酒を勧め、注文を受けるたびに小さな名刺を渡しているのだ。それには飲んだ銘柄、英語のニックネーム、ラベルの写真などが載っていて、客がそれを持ち帰ることができるようになっている。店の宣伝も兼ねた消費者への啓蒙活動だ。こうすると、次にやってきた時にまた注文してもらえるんだ。もしくはこの間はこうだったから次は違うものをってね。
 全米のほかの店が「SHIBUYA」ほどの売上を上げるのは難しいかもしれない。でも可能性がないとはいえない。いつか「SHIBUYA」と競いあうような店が登場することを願おう。
 それからもうひとつ重要な点は、ラスベガスが非常にアメリカ的な町だということだ。全米からありとあらゆる種類の老若男女が集まってくる。特別に日本人が集中している町じゃない。普通のアメリカ人が日本酒を楽しんでいる、そこがポイントなのだ。
(ジョン・ゴントナー:日本酒ジャーナリスト)

月刊 酒文化2005年06月号掲載