サケ・ツーリズム

 カリフォルニア州のナパ・バレーではワインツーリズムが大きな産業として定着している。ほとんどのワイナリーに自前のワインを売る店があり、テイスティングルームも用意されている。もちろん見学もOK。ワイナリーを訪ねる観光客を当て込んだホテルも充実しているし、ワインを飲んで車の運転をしなくてもよいようにバス、それにワイントレインなるものまで用意。
 ヨーロッパ(特にフランス)もそれでもワインを学びたい、飲みたいとやってきてくれる観光客を迎える体制が整っている。フランス語がわからない外国からの訪問客のためのツアーも豊富に用意されている。僕の友人の中には自転車に乗ってフランスの田園風景を楽しみ、途中でワイナリーに寄るというツアーに参加したという人もいる。
 さて僕はわりと頻繁に近々日本へやってくる予定があるという海外の人々からメールをもらう。その内容は彼等の滞在中にどこか見学できる酒蔵があるかということだ。それから最近、NYタイムスの記者がまさにこのトピックについて僕にコメントを求めてきたのだ。僕がふらっと気軽に見学できる酒蔵はあまりないし、ましてや英語のガイドはつきませんよ、つまりサケ・ツーリズムなるものはまだ確立されてないのだと言うと彼女はとても驚いていた。
 サケ・ツーリズムなるものが存在していない理由は何か。まず単純に考えて酒蔵が日本全国に散らばっているためだ。何十軒もの酒蔵がナパのように1つの地区に密集している所がない。強いて言えば灘、伏見か。
 灘や伏見には一般の人達が入れる博物館やA酒ルームを用意している蔵や、外国語の情報を提供している蔵もあり、とても勉強になるので訪ねて行く価値はおおいにある。ただ簡単に訪ねていける場所ではないのだ。日本語の全くわからない旅行者がぷらっと行くには少々難がある。そろそろ日本酒業界と旅行業界が手を結び、サケ・ツーリズムを現実的に考えてみる時期に来ていると思う。
 言葉の問題もある。蔵の歴史や情報を英語でインターネットに掲載したりパンフレットを作成している酒蔵はあるけれど、英語しかわからない訪問客からの突然の予約電話を受けつける蔵がいくつあるだろうか。
 ただ幸いなことに日本酒業界には訪問客をオープンに受け入れる土壌がある。前もって電話をして予約をしておけば見学させてくれる蔵は多くあり、コンセプトは以前から生きている。後はやる気のある旅行社と蔵が手を結びボールを転がせばいい。
 これに関して、実はもうすでに動き出しているところもある。たとえばJAL。一般の観光客を誘致する前にまずジャーナリスト達に声をかけ、酒蔵訪問といくつかの観光スポットを加えてツアーを行った。
 それからスタディツアーを主に企画しているアメリカの旅行会社が、やはりその様なことをやろうと声をかけてきた。でも日本酒だけではツアーを成立させるのは難しいので、フード&サケのツアーはどうかと彼等は言う。日本食は寿司のブームや健康志向など時代の波に乗って世界でも注目されているから人も集めやすいらしい。おそらく今年の秋か冬には第1陣が到着するだろう。
 世界中の日本酒ファン達が日本にやってきて、訪ねて行ける大小様々な酒蔵のリストを手にし、酒造りの工程を見学し、A酒をし、新たなことを学んだ達成感と良き思い出を胸に帰国する、そんな日を心待ちにしているのだ。
(ジョン・ゴントナー:日本酒ジャーナリスト)

月刊 酒文化2005年04月号掲載