肉食の文化と赤ワイン

 フランスは基本的に肉食の国なので、肉を良く食べる。「ビフテキ・フリット」と呼ばれる牛肉のステーキとポテト・フライの付け合わせが一番の定食だ。肉を食べる時には必ずといっていいほど赤ワインを飲む。これは赤ワインのタンニンが肉の脂肪を包み込み、肉の臭味と脂味を和らげて食べ易くしてくれるからだ。赤ワインは葡萄の皮や種も一緒に一回醗酵させ、それを絞ってジュースにして再度醗酵させる二回醗酵法で原則としては造られている。そのためタンニンが多く含まれ、かつ長期に保存が利くのである。
 肉の食材は豊富にある。牛、仔牛、羊、仔羊、豚、鶏、鴨などの定番の他に、兎(ラパン)、七面鳥、鵞鳥、鳩も良く食される。また、一一月から三月頃までの狩猟解禁期間に捕獲される、ジビエと呼ばれる狩猟鳥獣の肉がある。野鴨、ホロホロ鳥、野ウサギ(リヴィエール)等の小さい鳥類以外にも、猪や鹿などの大型野獣も捕獲される。これらのジビエには、その野獣が暮らしていた地域の近くのワイン、例えばフランス中部の山や丘に囲まれたブルゴーニュ地方の赤ワインが合うとされている。しかし、クリスマスの後にトナカイの肉が出されると、お役目御免の後の運命の厳しさを知って、味も少しほろ苦く感じ悲しくなる。
 さて、肉の種類によって、それに合う赤ワインが違う。
 まず肉の最初の区別は色だ。赤肉と白肉に分けられる。赤肉は牛、羊、子羊、豚、鹿、鴨などだが、仔牛(ヴォー)は白肉に分類される。鶏の肉も白、同様に兎も鶏と同系列の肉質とみなされて白肉である。赤肉には濃いめのルビー色の、味も濃厚で力強い赤ワインが好まれる。白肉には、すっきりした軽めの赤ワインかロゼ・ワインを飲む人が多い。
 また、肉の部位ではなくて内臓や脳みそなどの頭もフランス人は好んで食べる。豚や仔牛の足や牛の背骨の太い骨の髄(モエルと言う)も大好物だ。日本人から見るとグロテスクに見える仔牛の頭は、シラク大統領の大好物の一品だという。仔牛・羊・牛・豚などの肝臓(フォワと言う)、鴨や鵞鳥の肥大させた肝臓(フォワ・グラ。グラは脂だから、脂肪肝)、仔牛の腎臓(ロニオン)、仔牛の胸腺(リ・ド・ヴォーと呼ばれて珍重されている)などは、高級素材として、一流レストランのメニューに必ずといっていいほど登場する。このような内臓料理にはボルドーやブルゴーニュの高級赤ワインが良く合う。
 難しいのは、同じ肉や内臓でも、焼くか煮るかなどの料理の仕方と、どのようなソースがかかっているかによって、赤ワインの選択も微妙に異なることだ。従って、最初に入ったレストランではメニューに載った料理の詳しい説明を聞かないと、どういう料理が出てくるのか想像できない。そして、ワインを選ぶ時には、ソムリエのアドヴァイスが必要になる。その店のソムリエは、すべての料理を熟知していてどんなソースかを知っている。
 大事なことは、肉が口の中に残っている時に赤ワインを飲んで、良く肉とワインを混ぜることである。肉は肉、ワインはワイン、と別個に分けて飲むのみ方もそれなりに美味しいものだが、肉とワインが混じり合った時に肉の味が変わる、ワインの味が変わるという関係性の中での思いがけない変化の驚きというか、「結婚」の妙味が赤ワインを飲む醍醐味だと思う。といっても、「結婚」には失敗が付き物で難しいものだが…。
(つぼいよしはる:パリ政治学院客員教授、パリ在住)
11月
ボルドーとブルゴーニュ

パリの三ツ星レストラン「ランボワジー」でチーフ・ソムリエを務める友人のピエール・ル・ムリャック氏(五六)は、ボルドーの赤ワインとブルゴーニュの赤ワインの違いを、「ボルドーはビロード、ブルゴーニュはサテン」と表現してくれたことがある。いずれも絹の素材である。厚手のカーテンや宮廷用のスカートに使われる重厚なビロード。輝くばかりに光を反射する正装用のドレスや長い手袋に使われるサテン。上質な素材であることは同水準だが、織り方や特徴に違いがある。
 同じ葡萄色なのだが、濃紅色のボルドーのワインとキラキラ軽やかに輝くルビー色のブルゴーニュのワイン。特徴をビロードとサテンにたとえることで双方のイメージを良く掴んでいる。
 また、「ボルドーは色、ブルゴーニュは香り」という言い方もある。ボルドーの赤ワインは色に独自性があり、眼で楽しむ。ブルゴーニュの赤ワインは香りが素晴らしく、鼻で楽しむという趣旨である、それで、ボルドーの赤を飲むグラスとブルゴーニュの赤を飲むグラスは形体が違う。ボルドーの赤ワイン用グラスは広めのゆったりした上辺と底が同じ面積の円筒形のグラスで、均質的に色を楽しめる形になっているが、ブルゴーニュのそれは香りを閉じ込めるチューリップ型をしていて、鼻をその中に突き入れて、よく匂いを嗅ぐことが出来る構造になっている。
 では、これらの違いは何に由来するのだろうか? ボルドーはジロンド河河口をはさむ、イギリスと真向かいの海寄りの地域である。ブルゴーニュはディジョンを中心地とするフランス中央部の丘陵地帯にある。ボルドーがより北に位置し、ブルゴーニュはより南に位置する。方向としては北西—東南軸になる。それで、土壌も日照時間、気温、年間降水量などの気候も違う。それぞれの土地に合わせて、葡萄の品種も違う。
 だが、決定的に違うのは製造方法である。ボルドーの赤ワインは幾つかの葡萄の品種を混ぜて造られる。例えば、メルローという品種とカベルネ・ソーヴィニオンという品種を混ぜる。混合の割合は各シャトーが決めている。他方、ブルゴーニュはピノ・ノワールという一品種の葡萄からのみ造られるワインという原則がある。
 しかし、いずれにせよ、両地域とも長い伝統を持ち(ブルゴーニュはローマ時代にすでにワインが造られていたという。ボルドーもブルゴーニュよりも若いが五〇〇年以上の伝統がある)、厳しい品質管理を自分達に課してきた歴史がある。それ故、他の国のワインやフランス国内の他の地域のワインが、どうしても太刀打ちできない上品さと風格があるワインを、ボルドーとブルゴーニュは生産し続けている。
 この意味で、ボルドーとブルゴーニュのワインは、フランス社会の中で特別な地位を与えられている。レストランで豪華な食事を取るのは、フランス人にとっては人生の中の「祭り(フェット、日本語で言えば、�晴れ�の日)」と位置づけられていて、その「祭り」にはボルドーかブルゴーニュのワインは欠かせない物なのである。それ故、フランスワインを味わうための基準点の役割を果たす力を、両地域の格式のある赤ワインは持っている。少し値段は張るが、ボルドーかブルゴーニュの格付けワインの中から自分の好みの赤ワインを選び出して、自分の基準とすること。これが、その後の判断をぶれさせない秘訣だと思う。
(つぼいよしはる:パリ政治学院客員教授、パリ在住)

月刊 酒文化2004年10月号掲載