ボルドーとブルゴーニュ

 パリの三ツ星レストラン「ランボワジー」でチーフ・ソムリエを務める友人のピエール・ル・ムリャック氏(五六)は、ボルドーの赤ワインとブルゴーニュの赤ワインの違いを、「ボルドーはビロード、ブルゴーニュはサテン」と表現してくれたことがある。いずれも絹の素材である。厚手のカーテンや宮廷用のスカートに使われる重厚なビロード。輝くばかりに光を反射する正装用のドレスや長い手袋に使われるサテン。上質な素材であることは同水準だが、織り方や特徴に違いがある。
 同じ葡萄色なのだが、濃紅色のボルドーのワインとキラキラ軽やかに輝くルビー色のブルゴーニュのワイン。特徴をビロードとサテンにたとえることで双方のイメージを良く掴んでいる。
 また、「ボルドーは色、ブルゴーニュは香り」という言い方もある。ボルドーの赤ワインは色に独自性があり、眼で楽しむ。ブルゴーニュの赤ワインは香りが素晴らしく、鼻で楽しむという趣旨である、それで、ボルドーの赤を飲むグラスとブルゴーニュの赤を飲むグラスは形体が違う。ボルドーの赤ワイン用グラスは広めのゆったりした上辺と底が同じ面積の円筒形のグラスで、均質的に色を楽しめる形になっているが、ブルゴーニュのそれは香りを閉じ込めるチューリップ型をしていて、鼻をその中に突き入れて、よく匂いを嗅ぐことが出来る構造になっている。
 では、これらの違いは何に由来するのだろうか? ボルドーはジロンド河河口をはさむ、イギリスと真向かいの海寄りの地域である。ブルゴーニュはディジョンを中心地とするフランス中央部の丘陵地帯にある。ボルドーがより北に位置し、ブルゴーニュはより南に位置する。方向としては北西—東南軸になる。それで、土壌も日照時間、気温、年間降水量などの気候も違う。それぞれの土地に合わせて、葡萄の品種も違う。
 だが、決定的に違うのは製造方法である。ボルドーの赤ワインは幾つかの葡萄の品種を混ぜて造られる。例えば、メルローという品種とカベルネ・ソーヴィニオンという品種を混ぜる。混合の割合は各シャトーが決めている。他方、ブルゴーニュはピノ・ノワールという一品種の葡萄からのみ造られるワインという原則がある。
 しかし、いずれにせよ、両地域とも長い伝統を持ち(ブルゴーニュはローマ時代にすでにワインが造られていたという。ボルドーもブルゴーニュよりも若いが五〇〇年以上の伝統がある)、厳しい品質管理を自分達に課してきた歴史がある。それ故、他の国のワインやフランス国内の他の地域のワインが、どうしても太刀打ちできない上品さと風格があるワインを、ボルドーとブルゴーニュは生産し続けている。
 この意味で、ボルドーとブルゴーニュのワインは、フランス社会の中で特別な地位を与えられている。レストランで豪華な食事を取るのは、フランス人にとっては人生の中の「祭り(フェット、日本語で言えば、�晴れ�の日)」と位置づけられていて、その「祭り」にはボルドーかブルゴーニュのワインは欠かせない物なのである。それ故、フランスワインを味わうための基準点の役割を果たす力を、両地域の格式のある赤ワインは持っている。少し値段は張るが、ボルドーかブルゴーニュの格付けワインの中から自分の好みの赤ワインを選び出して、自分の基準とすること。これが、その後の判断をぶれさせない秘訣だと思う。
(つぼいよしはる:パリ政治学院客員教授、パリ在住)

月刊 酒文化2004年11月号掲載