チーズとワイン

 ワインを勉強したい人に勧めるのが、チーズと一緒に赤ワインを手軽に飲むことだ。ワインだけで「a酒」(仏語ではデグスタシオンdegustation)を繰り返しても、そんなに楽しくないし、ワインの美味しさを堪能できない。何か食べ物が欲しくなる。あくまでも、食べ物とワインとを「マリアージュ(結婚)」させることが基本である。
 原則は肉料理と同一。チーズの脂を赤ワインのタンニンが包み込んで、ワインを甘くし、同時に臭みや塩味を除去して、チーズを食べ易くしてくれる。癖のあるチーズも、赤ワインがあれば食べられる。
 フランスには三〇〇種類以上のチーズがあるが、チーズを概略的に分類すると、六つのグループに分けられる。基本中の基本は、山羊の乳で作られたチーズか、牛乳で作られたチーズかの違いである。山羊のチーズも、長期保存が利くような硬いクロタン(小型の丸い硬いチーズ:日本語に直接翻訳するのが憚られるのが、馬や羊の糞という意味)か、すぐ食べられる柔らかなチーズかの二種類に分類される。
 また、牛のチーズの中は、キャマンベールを代表とするクリーミーなチーズと、ロックホールに代表される青カビ・チーズに分けられる。また、クリーミー系チーズの中で、表皮が白カビのものと、茶色いウオッシュ・タイプ(皮を洗いながら内部を熟成させるタイプ。臭いは強いが、中はクリーミーで美味しい)のものがある。また、火をどれだけ入れるかで、生食タイプとゴーダー・チーズのように長期保存可能な石鹸タイプに分けられる。さらに、干し葡萄や胡桃等を混ぜたもの、オリーヴ・オイルに漬けたもの等、加工されたチーズというカテゴリーがある。
 パリ八区にある「アンドゥイエット」というチーズ専門レストランで、「チーズ全席」に挑戦したことが三回ある。最初から最後まですべてチーズというメニューだ。大きな麦藁製の盆の上に、グループごとに分けたチーズが二〇から三〇種類載せてテーブルに運ばれて来る。最初はクリーミーな牛のチーズ、その次はウオッシュ・タイプという具合に、客が好きなだけの量と種類を選べる。合計六個のお盆で、最大一八〇種類位のチーズが食べられる。大体、三回平均で一四〇〜一五〇種類を食べた。
 パンと水では量は食べられない。どうしても赤ワインが必要だ。美味しい赤ワインでチーズの臭いを消し、甘みを引き出して味を堪能する。そして、お腹と口をワインで注いで、次のチーズ盆に挑戦する。ここで赤ワインの実力が遺憾なく発揮される。強いチーズに負けるものは失格だ。といって、六グループの違うタイプのチーズに合わせてワインを変えることは財政的にとても無理だった。
 結局、一番「チーズ全席」に合ったのが、ボルドーのサンテステーフ村の「モン・ローズ(Mont Rose:ばら色の山)」という銘柄の赤ワインだった。この村のワインは、男性的な個性の強さとタンニンの強さで有名だ。その村の一番のコス・デストネルに次ぐ二番目に格付けされているモン・ローズは、力強く持続力があり、一四〇種類を超えるあらゆる個性のチーズを相手にしても負けず、その場に屹立して、自己主張していた。その姿に僕は圧倒されて、一人、「男はこうでなければならない」とささやき続けたものだった。「チーズ全席」の後二カ月間は、チーズを見るのも、匂いを嗅ぐのも、話をするのも嫌で、思い出すのは「モン・ローズ」の力強い味だけだった。
(つぼいよしはる:パリ政治学院客員教授、パリ在住)

月刊 酒文化2004年12月号掲載