ロゼとグリ

 中国料理やヴェトナム料理を食べる時、フランス人はしばしばロゼワインを注文する。ロゼとは、英語でローズ、バラ(薔薇)色のことである。日本ではバラ色とは真紅の色を指すと思っている人が多数だが、フランスではバラ色はピンク色を指す。つまり、ロゼワインとは白と赤の中間の色のワインをいう。
 料理が甘い味でも酸っぱい味でも、どんな種類の料理とも相性がよく、また、味も爽やかで、よく冷やして飲むと喉越しも厚ぼったいのに軽い。加えて、白ワインと比べると、ロゼワインの方が華やかな雰囲気がある。だから、好きだと答える人も多い。また何よりも価格が安い。
 それでは、ロゼワインは白ワインと赤ワインを混ぜて作られるのかというと、それは法律で禁止されている。シャンパンにもロゼシャンパンは存在しているが、それはシャンパンに赤ワインを少し加えて色付けする。これは法律で認められている。
 では、ロゼワインはどのように作られるのか。それは赤ワイン用のブドウの品種を全部搾らずに、皮から出る赤い液が全体のワインの色をちょうどバラ色に染めるまでで搾るのを止めて作るのである。だから、メーカーによって、バラ色と言っても相当赤いバラ色もあるし、白に限りなく近い、ほのかな桃色もあり、種々様々である。南仏のエクサン・プロヴァンス地方がロゼワインの生産地として有名である。
 白ワインとロゼワインの中間に位置するグリ( gris、灰色)ワインというのがあるが、ご存知だろうか。1970〜80年代では割と知られていたワインだが、今では希少品になってしまった。地中海料理、特にブイヤーベースと良くあう。また、肉料理では子羊(アニヨー)や仔牛(ヴォー)と相性がいい。このグリワインはピノ・グリという品種からしか造られない。南仏のニースのそばのベレ(Bellet)とか、ロアール川流域のサン・プルサン(Saint Pourcain)とか、アルザス・ロレーヌ地方の限定された産地で少量しか生産されていない。現在ではアルザス地方のトュル(Tull)のグリワインが一番有名である。
 先日、久しぶりにマルセイユに行ってブイヤーベースを食べた。26年昔、ヴュ・ポール(旧港)のそばのレストランで、潮風の匂いを感じながら一緒に飲んだグリワインの記憶が蘇ってきて、何軒かのレストランを訪ね歩いた。が、どこにもグリワインは置いてなかった。仕方なく、ロゼワインを飲んだ。
 パリに戻って、意地になってグリワインを探した。ワイン専門のチェーン店ニコラでも、尋ねた限り、置いている店はなかった。探し疲れて、たまたま入った左岸の老舗デパート、ボン・マルシェのワイン売り場に無造作に置かれていた安売りワイン籠の中に一本だけあったグリワインを見つけた。
 確かに、普通のロゼワインよりピンクの色合いは薄い。微妙で複雑な色彩で、光の加減で、淡い黄金色や蜂蜜色に見えたり、ほとんど白に見えたり、やはり桃色に見えたりする。グリ(灰色)と名づけた人のセンスに感嘆する。よく冷やして口に含むと、まろやかな爽やかさが心地よい。酸味と甘味のバランスが良く、キリリとした白ワインの口応えとも豊饒なロゼワインの厚みとも違う、グリワイン独特の優しさが口一杯に広がる。二六年前のマルセイユのレストランで采配を振るっていた年配の肥った愛想の良いマダムの顔が頭をよぎった。
(つぼいよしはる:パリ政治学院客員教授、パリ在住)

月刊 酒文化2005年05月号掲載