アルザス・ワイン

 1990年代から、品質の面で急成長を遂げたワインにアルザス・ワインがある。アルザスは、ドイツと国境を接する地域で、その中心都市がストラスブルグである。この地方にある石炭と鉄鋼の所有権をめぐって、ドイツとフランスは長年激しく争い、1870年の普仏戦争、第1次大戦、第2次大戦と75年間に3度の激しい戦争をしてきた。その反省から生まれたのがヨーロッパ共同体構想であり、現在では欧州連合(EU)として結実している。その独仏和解の象徴としてストラスブルグにはEU議会が置かれていて、EUの中心都市の役割を担っている。
 そのアルザスは、前歴史時代(書かれた歴史以前)からワイン造りが行われていたという。高緯度に位置しているため、その90%以上が白ワインである。この地方は品種ごとの名称をつけて売り出していて、現在11の品種がアルザス・ワインに指定されている。リースリング、ピノ・グリ、シルヴァネール、ムスカ、ゲベルツストナミネールなどが有名である。アルザス地方の特産料理のシュークルート(千切りキャベツのピクルスにハム・ソーセージや塩漬け豚肉などを添えた料理)や生牡蠣と一緒に飲むと美味しい。出来立ての若いワインは、喉越しがさわやかで、少し酸味のある個性的な味のものが多い。
 他方、収穫の時期を遅らせて糖度を高くしたブドウの実から製造される遅摘みワインや、毎年ではないが貴腐菌がついて糖分が最高度にまで凝縮されたブドウで造る貴腐ワインも有名である。この「遅摘みワイン」と「貴腐ワイン」というカテゴリーも承認されていて、アルザス・ワインの特産として厳重な管理の下に販売されている。これらのワインはデザート用もしくはフォワグラを食べる時などに珍重されている。ただし、普通のワインに比べて、遅摘みワインで約10倍、貴腐ワインで20倍は高い。
 何千年にわたるワイン製造の歴史があり、各ワイン製造業者は中小企業で、伝統と個性をもっていること、長い丘陵の両脇をブドウ畑が続く地形と、それぞれの土地の土壌が様々に異なる性質を持つこと等が理由で、長いこと統1的な規則をアルザス地域として作成しておらず、各ワイン製造者の良識にまかせていた。しかし、グローバリゼーションが進展し、米国、豪州、南アフリカ、チリなど、世界の白ワインとの激しい競争にさらされるようになって、アルザス・ワインの業者も団結を強めて、生き残りを模索した。1999年、アルザス・ワイン同業者評議会は品種による1戸当たりの収穫量の制限、品種別の最低アルコール度数の設定、ブドウ樹の高さの標準化、試飲会の審査の厳格化等の、共通政策を打ち出した。個々のワイン業者の枠を超えて、「アルザス」という地域の名声を守るために一致団結したのである。それ以降、アルザス・ワインは以前にもまして国内外で人気の高いワインとなった。
 だが、個人的な好みを言うと、Deissのゲベルツストナミネールの個性豊かな味をアルザス・ワインの代表として推薦したい。甘味が強く、さわやかさとは程遠い。が、2、3年ものを口に含むと、甘味の中に酸味も苦味も独特の皮や枯葉の匂いも混ざり合った豊饒な液体で、口が1杯になる。初めての方が、ゲベルツストナミネールを飲むと、かつて経験のしたことのない種類の美味しいワインに出会ったという感想を持つことは請け合いである。
(つぼいよしはる:パリ政治学院客員教授、パリ在住)

月刊 酒文化2005年04月号掲載