シャンパンとクラレット

 透明感のある蜂蜜色の白ワインの中で繊細な泡が間断なく立ち上がるシャンパン。冷やして飲むと、喉越しの爽やかさが心地よい。多くの女性がシャンパンを『おしゃれな』飲み物として愛好している。
 日本では、シャンパンは、単なるスパーリング・ワインの総称と考えている人が多い。だがフランスでは、シャンパンは他の発泡ワインと異なった一段格上の飲み物として扱われている。「王のワイン」とか「プリンスのワイン」と呼ばれていて、結婚式の晴れの日や、勝利を祝う時等に、「栄光」と「威厳」を示すワインとして使われる。乾杯はビールではなくて、断然シャンパンである。
 フランスでは発泡ワインは他にも沢山あるが、シャンパーニュ地方の発泡ワインしか「シャンパン」を名乗ることが出来ない。葡萄の品種、摘み方(すべて手摘み)や搾り方から始まってシャンパンの製造方法まで、厳格な規格が制定されている。それに従って製造されたものしか、「シャンパン」という商標は使用できないのである。また、取れる葡萄の地域によって、グランド・シャンパーニュ(一級シャンパン)とプッティット・シャンパーニュ(二級シャンパン)との歴然とした区別がある。
 昔、友人のソムリエ、ピエールのアレンジで、ヘリコプターでシャンパンの製造現場を見学に行ったことがある。パリ15区にあるヘリポートから約1時間30分、東北東に進路を取り、中心地ランスに到着する。ランスは大聖堂でも有名な街である。
 クリュッグ、ロラン・ペリエ、モエ・エ・シャンドンなどの有名なシャンパン製造会社を訪問する。ピノ・ノワールやムスカデ等の品種から丁寧に絞られた葡萄液の中に、砂糖・酵母菌を溶かしたワインを加えて、炭酸ガスの発酵を促す。それも気温11度位の冷たい洞窟の中のカーヴに寝かされて、ゆっくり発酵させる。それが、細かい気泡の秘密である。その発酵過程で澱が出る。瓶をひっくり返して澱を瓶口に貯める。瓶口だけを凍らせて澱だけを抜くという古来の手法を今も守っている。その抜いた澱の分量に、同じシャンパンを足すのだが,その時に添加する糖分の量如何によって、甘さに違いが生じてくる。全く糖分を足さずに自然のままの味をブリュット(超辛口)と呼ぶ。乾杯などの時に一番良く使われる糖分控えめのセック(辛口)。飲みやすい甘味ほどほどのドゥミ・セック(半辛口)。お酒に弱い人にも美味しく感じられる甘味の強いドゥウ(甘口)。時代の風潮から言えば、甘味が添加されていない自然の味のブリュットの人気が高い。
 格でいえば、ドン・ペリニオンが有名だが、それ以外にもヴーヴ・クリコ、ドン・ルイナール等も最上と見られている。上品な喉越しと優雅な佇まいは、他のワインの追随を許さない。「高貴な気泡」は飲む人を豊かで幸せな気分にさせてくれる。
 だが、シャンパン以外の発泡ワインで、フランス人に良く知られたものがある。南部のヴァランス付近で生産されるクラレット・ドゥ・ディである。ムスカデを75%以上使い、瓶の中で自然に気泡が生じるように生産されるもので、ローマ時代以来一番古い歴史をもつ。味が自然で軽いことで、食前酒としてはシャンパンよりも好きだという友人も多い。何よりも値段が安いのが取り柄である。先日、友人のアラン宅で食前酒はクラレット・ドゥ・ディ、食後酒にはシャンパンを飲む機会があった。でも自分の好みを言えば、やはりシャンパンに乾杯。
(つぼいよしはる:パリ政治学院客員教授、パリ在住)

月刊 酒文化2005年06月号掲載