フランス人とワインの関係

「フランスでは赤ちゃんが夜泣きするときに、哺乳瓶にすこしだけワインを入れたりすることもあるんだよ。そうすると赤ちゃんもぐっすり!」
 フランスにもさまざまな酒の種類がある。それはおいおい触れるとして、ワイン抜きにこの国で酒のことを語ることはできないだろう。フランスではワインは、酒というよりも独立した飲み物として存在している。
 法律では、いちおう16歳からワインやビールなどの度数の低い酒を飲めることになっている。16歳から飲めるといえば、イタリア、オランダ、スペイン、フランス、ベルギーなどと同じであるが、フランスではそれ以前にも、常に食卓におかれているワインを、親の承諾のもと一杯もらう子供も多い。大きな声ではいえないが、特別なときに限り水で薄めたワインなら10歳から飲んでいた、という話も耳にする。食事のときに、ワインは水のようなもの。それがなければまるで食べ物を飲みこんでいけないかのように。そのように、フランスではワインは酒という感覚よりも、毎日の生活に欠かせない食事の一部として扱われている。
 わたしがフランスに渡った当時、ユーロがとても高かった。わたしはレストランで食事をする際、ワインよりももっと割安な炭酸水のボトルを注文していたが、周りのテーブルを見わたすと、ワインボトルのないテーブルはひとつもなかった。年配のひとり客のテーブルにさえ、ハーフボトル、ときにはフルボトルのワインが栓を抜かれて置いてあった。
 また、こんなこともあった。ある自動車会社に勤める友人と昼食をとったときのことだ。場所は彼女の勤務する会社内にある社員食堂。フランスでは社員食堂でも、前菜、メイン、デザートの順にトレイにとり、その順序どおりに食べていくシステムになっている。自動車会社だからといっても、もちろんワインも置いてある。赤、白、ロゼ、グラス、ピッチャー、フルボトル。銘柄も数種類そろえてあった。すこし風邪気味だったわたしは、すすめられたワインを断った。すると友人は、「風邪気味なの? なら赤ね。ワインは薬だから」。確かに赤ワインに含まれるポリフェノールは動脈硬化や脳梗塞を防ぐ抗酸化作用を向上させると聞く。しかし風邪にもきくのだろうか?「いえ、今日はやめとくわ。この後運転するかもしれないし」やんわり断ると彼女はさらに、「あらなにか問題あるかしら? ワインはグラス2杯までは飲んでいいのよ」。フランスの場合は、血中濃度を基準として0.5g/L未満は運転できることになっている(日本では呼気中のアルコール濃度0.15mg/Lが酒気帯び運転とみなされる)。これはワインだったらほぼグラス2杯に相当するらしい。
 知り合いの年配の女性は語る。「わたしの健康法の秘訣はね。昼食時に1杯のワイン、夕食時にグラス1杯のワインとお水を2杯。それでこれまで病気とは無縁よ」。
 これだけワインを日常でたしなんでいるフランス人ではあるが、飲み過ぎることがまた少ないのも明記しておく必要があるだろう。もちろん個々人によりけりということはあるが、あくまで食事の一部として扱われるワインは、通常、食事が終わるとともにコルクの栓をされてしまわれる。ワインだけをずっと飲み続けるという習慣はない。なので日常飲み過ぎることもない。
 「un repas sans vin est comme un jour sans soleil.」―ワインのない食事は、太陽の出ない一日のようなもの。とはフランスの細菌学者、パスツールの言葉。そのようにフランス人にとってワインは彼らの生活、文化であり、そして肉体の一部なのだ。
(ナオカ:パリ在住) ■

月刊 酒文化2010年08月号掲載