フレンチ・パラドックスを実体験—メドックマラソン

 第26回メドックマラソンが9月10日から12日まで開催された。毎年、約2万5000人の参加希望者のうち8500人だけが参加できるという人気ぶりで、年ごとに決められたテーマに沿って変装し(今年は漫画の登場人物!)、給水所では極上メドックワインを飲みながら走るというユニークなマラソンとして知られている。「飲みながら走ってだいじょうぶなの?」と思いきや、なんと創始者6人のうち4人は医師。「いちばん健康に良くて衛生的な飲みものはワイン」と説いたパスツールの教えを広める機会にもなっており、毎年、3日間のプログラムの一環として医学会も組み込まれている。
 90年代初頭に世界保健機関(WHO)の疫学調査に基づいて広まった「フレンチパラドックス」説も、メドックマラソンの人気を上昇させた理由のひとつだ。これは、赤ワインに豊富に含まれるポリフェノールを摂取すると、体内の抗酸化作用が向上し動脈硬化や脳梗塞を防ぐことができるという説だ。調査によると、コレストロールが多い食生活にもかかわらず、赤ワインを日常的に飲んでいる南フランスの住人は虚血性心疾患での死亡率が少ないという結果が出ている。フランス人全体を対象にしても、年間ひとりあたりの肉の消費量はヨーロッパでトップ、乳脂肪の消費量も平均を上回っている。動物性脂肪の摂取量が多い国ほど虚血性心疾患での死亡率が多いのがこれまでの定説だったが、同程度の動物性脂肪の摂取量の国と比較すると、フランスはイギリスの3分の1、ドイツの2分の1という低い死亡率、なんとヨーロッパでは最下位。そして、昼食時からワインを飲むのが普通なため、年間でひとりあたりの赤ワイン消費量は67リットルと世界一、イギリス人の6.5倍、ドイツ人の2.5倍、日本人の70倍にあたるそうだ。
 では、なぜ、赤ワインか? ポリフェノールは、日照時間が長い土地で育った濃い色合いのブドウ、とくにボルドー産のぶどうの皮や種に豊富に含まれており、白ワインの醸造過程では皮や種をのぞいて発酵させるのに対し、赤ワインの発酵にはぶどうの皮や種も一緒につぶして使うためだからといわれている。南仏ならではの長い日照時間やカラリとした乾燥した気候のもとで、ジロンド川が運んで来た小石混じりの石灰質の土壌に育ったメルロー、カベルネ・フラン、カベルネ・ソーヴィニヨンといった種類のぶどうは、タンニンの利いた味わいの、長期の熟成のも耐える品種。ヴィンテージものは熟成に20年かかるものもあり、20世紀前半のものでも、いまだに味わえるということだ。
 メドック地区は、ボルドーのなかでも高級ワインを産する地区として世界的に知られている。サン・テステフ、ポイヤック、サン・ジュリアン、マルゴー、ムリス、リストラックなど、厳しい規制のもとで村名AOCを名乗ることができるワインが造られている。とくに、ポイヤックのシャトー・ラトゥール、シャトー・ラフィット・ロチルド、マルゴーのシャトー・マルゴーが1級ワインとして知られている。
 メドックマラソンでは、上記の村、総数53軒のシャトー、ブドウ畑の間を縫ったコース、42.195kmを走る。23ヶ所の給水所ではワインの試飲だけではなく、ジャンボン・ド・バイヨンヌ、ブダン(豚の血とラードの腸詰め)、生牡蠣、ステーキ、チーズを試食。制限時間は6時間半なので、美食しながらゆっくり走ろうというのがポリシーだ。それでも一位でゴールした走者には、体重と同じ量のワインが贈られる。2011年は9月9日から11日の予定。
(なつき・パリ在住)

月刊 酒文化2010年11月号掲載