コルシカ島生まれのビール Pietra

 コルシカ島。ナポレオンの出身地。イタリアに近く、フランスでは「美の島」と呼ばれ、春夏のバカンスに賑わう島。独立運動が激しく問題の多い島でもあり、二〇年ほど前には、島の主な産業が観光業であることに業を煮やした独立派が観光ホテルを軒並み爆破した。島のほとんどは山岳地帯で、農業に適した土地が少なく、失業率も本土より高い。
 この島に近年、着実に売上を伸ばしているコルシカビールがあると聞いた。なんでも、栗の粉をベースにしているという。
 コルシカ出身のドミニック・シアレリ氏とその妻アルメルさんはパリで暮らしていた。ドミニックは高等商業専門学校を卒業し、コンサルタント会社を経営、アルメルはマーケティング会社で働いていた。ふたりとも、いつかはコルシカに帰りたいと考えてはいたものの、失業率の高い島のこと、きっかけを摑めずにいた。そんな時、ある夏の夜、コルシカ島特有のポリフォニーで有名なグループI Muvriniのコンサートに行った。故郷のメロディーに酔いしれた後に飲んだビールにインスピレーションが湧いた。ふたりは「コルシカ産ビール」をつくる夢に取り憑かれたのだ。
 コルシカ島を代表する五種類の木がある。クロイチゴ、オリーブ、イチジク、ブドウ、栗の木だ。なかでも、栗の木は「命の木」「聖なる木」と呼ばれ、コルシカ島人の日常生活のなかで重要な位置を占めている。山が多く麦栽培が難しかったこともあるだろうが、八〇年代までは小麦のパンの代わりに栗のパンやポレンタが主食だったという。それだけではなく、栗の木は建築や家具の材料として使われ、香り高い薪としても使用されている。島の特産物である豚肉の薫製を作るのには、この栗の木の煙が欠かせない。
 夫妻は麦芽に栗の粉を混ぜてビールを醸造することを思いついた。四年にわたる試行錯誤を経て、一九九六年、「力強く骨格がしっかりした」「デリケートな苦さ」といった形容詞にふさわしい、世界初の栗をベースにしたビールが誕生した。原料の栗はすべて手作業で選別するという。ドミニックは自分の生まれた村、標高七〇〇m、住民は僅か八〇人のPietraserra(ピエトラセラ)村をもじってPietra(ピエトラ)という名付けた。
 続いて一九九九年、La Colomba(ラ・コロンバ)と冠した白ビールを発売。こちらは、灌木とイチゴ、ミルト、ゴジアオイ、セイヨウネズなどの香草で島特有の香り高いビール。
 そして二〇〇三年にはCorsica Cola(コルシカ・コーラ)を発売。コーラの生みの親であるアンジェロ・マリアニはコルシカ出身ということに因んだ。一九世紀半ば、化学者のマリアニはボルドーワインとコカの葉を混ぜて強壮剤を作り、ヨーロッパで人気を博したという。この飲み物に似たものを、一八八五年、アメリカのペンバートン医師が「French Wine Coca」として作り、後のコカ・コーラの基になったそうだ。
 たった六人で始めた醸造所だが、二〇〇四年には六六〇万ユーロの収益をあげ、現在、年間四万ヘクトリットルあまりを生産しているそうだ。日本のビールファンにも、ぜひ、お勧めしたい。
(なつき・パリ在住)

月刊 酒文化2011年03月号掲載