カリブ海生まれ、フレンチ・ラム

 キューバ人の女友だちが毎週サルサを演奏しているクラブに行ってみた。地下のワイン貯蔵庫をコンサート用スペースに改造したものだ。重なり合うようにして座る狭い場所しかないのだが、みんなの息が合う日は、小さなテーブルを全部隅に寄せて踊ることもあるそうだ。フランスでキューバ音楽が流行ったのは10年ほど前、1999年に上演された映画「ブエナ・ヴィスタ・ソシアルクラブ」のヒット以来だ。キューバ系の音楽を聞けるクラブは今でも流行っている。
 こういう場所で飲むのは、もちろんラム酒。ハヴァナ・クラブをモヒートかキューバ・リーブレで注文する人が多く、バカルディの味は、フランス人には「アメリカ風」とあまり好かれない。
 しかし、通に評判なのは、同じカリブ海でもフランスの海外県のひとつであるマルチニック島のラム酒だと聞いた。カリブ海には、このほかグアダループ島、サン・バルテルミー島、サン・マルタン島などのフランス海外県があるが、ラム酒でAOCラベルを獲得したのは、この島のものだけである。
 インドをめざしていたはずのクリストフ・コロンブスがマルティニック島を発見し、「世界でいちばん美しい島」と称したのは1502年のことだ。けれども、金や銀の資源がないうえ、人食い族と思われていた戦闘的なカライブ族が原住していたため、17世紀初頭までヨーロッパ人の侵略を免れた。1627年にフランス軍が攻め入りカライブ族が全滅すると、サトウキビ畑の労働力としてアフリカから総計7万人を超える黒人奴隷が連行された。17世紀、18世紀のフランスの経済繁栄はこの三角貿易によっている。
 奴隷制が完全に廃止されたのは19世紀後半。現在は、当時の奴隷の子孫、プランテーションを所有していた白人大地主の子孫、インドや中国からの労働移民が一緒に暮らす島である。ときどき独立運動が勃発するのが、フランス政府の悩みの種である。
 カリブ海の島々はそれぞれ独自のラムを製造しているが、大きく分けてキューバやプエルトリコの旧スペイン植民地の味、ジャマイカ島などのイギリス風味わい、マルチニック島やグアダループ島のフランス風の3種類の味わいがある。
 17世紀当初、サトウキビは砂糖を採るためだけに栽培されていた。しかし、製糖工場で働く労働者が、サトウキビのしぼり汁から砂糖を取った後に残る廃糖蜜を舐めてみると、暑さで自然に発酵していることもあったのだろう、後に工業ラム酒と呼ばれる酒ができていた。その後、さまざまな試みの末、新鮮なサトウキビのしぼり汁をそのまま発酵させてできる醸造酒を蒸溜させてできる農業ラム酒が生まれた。マルチニック島で生産される80%がこれにあたる。
 起源からすると、工業ラム酒のほうが古いため伝統的ラム酒とも呼ばれている。マルチニック島で生産されている農業ラム酒という名称と比べてみるとどうだろう? 消費者は「伝統的」というふれこみの方に魅力を感じてしまうのではないだろうか?
 このままではいけない、より手の込んだ工程を要するのに、農業ラム酒というネーミングゆえに消費者を魅きつけることができず、廃れていってしまう。そんな懸念から出発し、20年にわたる努力の末、マルチニック島ラム酒はAOCを獲得した。島内に育つ170種類あるサトウキビのうち15種類のだけの使用が認められている。
 マルチニック島で生産されるラム酒の65%が島内で消費されているというほど、ラム酒は島人の日常生活と密接につながっている。寝起きの朝食前に飲む、かなり濃いめの1杯目を「離陸」と呼ぶ。午後3時はキリストが十字架上で亡くなった時間なので、「キリストの時間」と称してまた1杯、その後もラム酒とともに時間がゆったりと流れる。せわしないパリとは対極にある常夏の島、これも、またフランスのもうひとつの顔である。
(なつき:パリ在住) 

月刊 酒文化2011年05月号掲載