ラツィオ州のワイン

 イタリアのほぼ中央に位置するラツィオ州は首都ローマを中心として五つの郡を持つ。穏やかな気候に恵まれ美しい風景が広がるこの土地は、ワイン造りの歴史も古く、古代ローマ時代にまでさかのぼる。ローマ郊外の南東のなだらかな丘陵地帯カステッリ・ロマーニはフラスカーティ、ヴェッレトリ、マリーノなど白ワインで有名な地域である。
 フラスカーティはトレッビアーノとマルヴァジーア種のブドウを主体とした滑らかな口当たりの辛口白ワイン。カステッリと共に、ローマっ子に最も愛されているワインだが、ワイン専門者において軽視されがちなフラスカーティ。確かにフレッシュで爽やかでありながら、フリウーリ州の白ワインのエレガンスはなく、田舎っぽい素朴な味わいかもしれない。しかし魚料理はもちろん、イタリアのいろいろな郷土料理にぴったり合うのがこのワイン。
 ラツィオ州は元々は白が有名であるが、最近はマテルマトゥータやトッレ・エルコラーナのような赤も人気上昇中である。いずれもイタリアの在来品種で造られ地酒の趣がある。
 カステッリ・ロマーニの他、ワイン生産地として有名なのはオレヴァーノ、チェサネーゼ・デル・ピリオなどの赤ワインが造られているプレネスティーニ山系の一部やラツィオ州の北にあるモンテフィアスコーネのエスト・エスト・エストやグラードリのアレアティコの故郷であるトゥーシャ地域。
 エスト・エスト・エスト・ディ・モンテフィアスコーネはラツィオ州北部のボルセーノ湖の周りで生産されている辛口の白ワインである。「Est」というのはラテン語で「ある」という意味だが、この奇妙なワインの名前には次のような言い伝えがある。一二世紀頃、ワイン好きの偉い司祭がローマに南下するにあたり従者を先に行かせ、酒蔵のワインを試飲させ、おいしいワインのあった宿屋の扉に、「ある」と書けと命じた。従者がフィアスコーネの宿に着いた時、試飲したワインがあまりにおいしかったため扉に「Est」を三つも書いてしまった。後から来た司祭は「Est」が三つも書いてあるので、このワインを飲みつづけ遂には亡くなってしまったそうである。
 ワイン造りに力を注いでいるラツィオ州ではワイナリー巡りが非常にポピュラーになってきている。イタリアのそれぞれの州では、近年は、ワインの生産現場やワイナリー(カンティーナ)を訪れる観光も盛んになっている。ラツィオ州では毎年ワイナリーを訪れる人が増え、試飲や購買の売上も伸びている。
 イタリア政府は、質の高いワインを生産している地域またはブドウ産地が集中していて、そのエリアに沿って走る道を「ワインの道」(Strade del Vino )という名称で特定して宣伝し、ワインを軸に地域の自然、文化、観光資源をフル活用して、新しいタイプの地域経済活性化を進めることを目的とした。こういった活動はラツィオで大変成功し、ワインの道にはワイナリーの他、地元の料理とそれに一番よく合った地元のワインを提供してくれるレストランがあり、このレストランもまたローマ人に人気が高まっている。
 週末にワイナリー巡りやワイン祭り、ブドウ収穫祭などのイベントを目的に出かける人が圧倒的に増え、ローマの有名レストランのワインリストにも数年前までになかったラツィオ州のワインは今になって定番の存在となり、ソムリエさんもかならず勧めてくれる。
(シェイラ・ラシッドギル:コラムニスト、ローマ在住)

月刊 酒文化2005年06月号掲載