モーツァルトに触れたワイン

 先日は取材でトスカーナ州のモンタルチーノまで足を運んだ。モンタルチーノから五キロ離れた丘ではモーツァルトの音が響いていた。ここは世界で初めてクラシック音楽がブドウおよびワインにおよぼす効果が研究されているのだ。もともと弁護士として勤めていたジャンカルロ・チニョッツィ氏は、一九九〇年代に優れたテロワールのモンタルチーノの近くのフラッシナでワイナリーを購入した。音楽好きのチニョッツィ氏はインターネットでサーフしていたときに、音楽が植物にもたらすよい効果について書かれた韓国や中国の研究を偶然見つけたという。ブドウ畑にスピーカーを設置して、二四時間モーツァルトやヴィヴァルディなどのクラシック音楽を流し始めた。そうすると、ブドウの調子が目に見えるほどよくなったという。
 私はモンタルチーノを訪れたときにはブドウ収穫期がとっくに終了したにも関わらず、ブドウ畑で流れていた音楽の穏やかさに満ちた音響のおかげか、空気と身体がやさしい雰囲気に包まれて、早くもその畑で育ったブドウのワインを飲みたいという気持ちでいっぱいになった。
 ワイナリーのすぐそばでモダンなアグリツーリズモも経営しているチニョッツィ夫妻は、よい音楽、よいワインでお客をもてなし、ワイン試飲会やワインセミナーなども開催している。二〇〇〇年の収穫のブドウで造られ、二〇〇六年一月に発売予定のブルネッロは法律に定められた熟成期間を終えていないため、味わうことができなかったが、ワインショップなどで既に売り切れの二〇〇五年のとっておきのボトルを開けてもらい、早速飲んでみた。気持ちのよいタンニンでバランスがとれて、音楽のきらびやかな照明を凝縮したかのようにドライながらほのかな甘味を感じ、ふくよかな味わいなのだ。このようなワインを毎日の生活に取り入れたいなと思って、得意先のワインショップやレストランのリストをチニョッツィさんに教えてもらう。なんと日本からも一つだけ大きな注文をもらったという。
 チニョッツィ氏が経営する「アル・パラディーゾ・ディ・フラッシナ」は、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの他、サンジョヴェーゼを主体とした二つのワインを造っている。生産量は一年に三万五〇〇〇本を超えない。今後も量より質を大切したいと強い思い出を抱いている。
 この音楽セラピーが最近イタリアだけでなく、外国でも話題となり、フィレンツェ大学農学部はモンタルチーノにあるこれらのブドウの研究を始めた。チニョッツィ氏によると、ブドウにモーツァルトやチャイコヴスキーのクラシック音楽を聞かせはじめて四年。以来ブドウがより早く成長するようになった。音楽には害虫の駆除作用もあり、寄生虫、カビなどを遠ざけてくれるという。音楽が流されていない隣のブドウ園には寄生虫が多く驚くほどだったが、ここは寄生虫などはまったくないそうだ。それに栽培されているサンジョヴェーゼのブドウの成熟時間が音楽のおかげで短縮されているともいう。
 彼は畑のほか、ワインを樽で熟成させる間にも音楽を聞かせているが、やはり一番効果があるのはブドウ畑のときなのではないかと考えている。効果は、同じ場所で音楽を聞いているブドウとそうでないブドウを比較しながら研究しているフィレンツェ大学の実験期間終了後に明白になる見込み。音楽の効果が科学的に証明されたら、ワイン生産に新たなページが開かれる。
(シェイラ・ラシッドギル:コラムニスト、ローマ在住)

月刊 酒文化2006年02月号掲載