イタリアの温泉

 冬が訪れると日本の温泉がますます懐かしくなる。先日、以前からずっと行きたかったサトゥルニア温泉にようやく行ってきた。この温泉はトスカーナ州とローマを首都とするラツィオ州のはざまにある。実際行ってみると、カンパニャ州にあるイスキア温泉やイタリアの他の温泉と違い、お洒落なイメージを持つサトゥルニアには本当に温泉治療にやってきた感じの人ではなく、リゾートを楽しみに来た感じの人が多かった。水着で入る深い温泉プールは薄い緑色で、硫黄の臭いは相当きつく、プールサイドには、パラソルとデッキチェアが置いてある。小さな子供が入ったり、大人が泳いだりなど、日本では考えられない温泉の楽しみ方も観察できるが、最近はリラックスしながら温泉を楽しむ人も増えた。
 有料の温泉施設からわずかのところに無料で入れる温泉があった。カスカテッレ・デル・ムリーノと名づけられている露天風呂で、そばを川が流れている。この川はテルメ・ディ・サトゥルニアから湧き出ている温泉があふれ出たものだという。ホテルを出たすぐ近くのところに、水着になって浸かっている人が数人いた。更衣室もなかったが、私もさっそく、服を脱ぎ温泉に浸った。この日はかなり寒かったにも関わらず、心も身体もリラックスし、十分リフレッシュできた。
 お腹がすいたので、ホテルで休んでからサトゥルニアにあるマレンマ地方の郷土料理を出しているレストランに向かった。もう何世紀にも渡って猪狩りが行われてきたこの地方の料理は、「トルテッリ・アッラ・マレンマーナ」や「ブラザート・ディ・チンギャーレ」など猪肉が入った煮込みやシチューが挙げられる。私は鶏インフルエンザを懸念してイタリア人すら最近食べなくなった、鶏のレバーペーストで作られる典型的なトスカーナのカナッペ「クロスティーニ・トスカーニ」と、ポレンタ(水にトウモロコシの粉を加えて火にかけ練り上げたもの)が付け合わせの猪のシチューにした。この料理と一番合うワインを相談したら、スーパータスカンを生み出したマレンマ地方の赤ワイン「モレッリーノ・ディ・スカンサーノがピッタリ」と薦められそれにした。この地方の猪などの獣の肉を使ったミートソースのパスタに合わせるとピッタリ。
 DOCのモレッリーノ・ディ・スカンサーノはサンジョヴェーゼ種のクローンであるモレッリーノの品種から、スカンサーノの街周辺で造られている。濃密な果実味をたっぷりと感じるイタリアらしい赤ワインである。猪のお肉は柔らかく、口に入れるとトロリと崩れ、ジュワーっとお肉の旨味が口一杯に広がった。ワインはキアンティより酸味は丸く、果実味のボリュームが強く、甘さを感じるタイプであった。
 やさしく包んでくれる温かみのあるこのサンジョヴェーゼに魅せられて、次の日はサトゥルニアから約三〇分離れたスカンサーノ市に足を延ばした。この町で生産されるワインは日本で殆ど知られていないが、イタリアでは品質のよいワインとして評価を高めている。モリス・ファームズ社などのほか、今回ワイナリーを見学することができたエリック・バンティ社も新しいワイナリーとして最も注目されている生産者の一つである。
 今回は温泉とワイン両方が楽しめて理想的な旅だったが、トスカーナのワインを堪能するには人生が足りないような気がする。
(シェイラ・ラシッドギル:コラムニスト、ローマ在住)

月刊 酒文化2006年03月号掲載