アペリティーヴォに変化の兆し

 陽気なイタリア人が大好きなアペリティーヴォに変化の風が感じられる。ヨーロッパ全体に広がりつつある、ロンドンで発生したディム・サム(飲茶)のムーブメントに乗りつつあるのだ。
 夕食をとるレストランに向かう前の軽食であるクラシックなアペリティーヴォは、時代の変化につれて形を変えてきた。アペリティーヴォを面倒に感じたり、省いてお金を節約しようとしたりする風潮が広がり、一時期は退潮傾向が著しかった。対抗上、登場したのがハッピーアワー。早い時間の飲食の割引サービスは、若者に支持されて一気に拡大、1杯のお酒とおつまみ食べ放題が格安な料金で提供されるようになっている。
 これには安価にワイワイと楽しめるプラス面も多分にあるが、反面、自分で料理をとりに行かなければならず、料理の品質がないがしろにされがちになるというマイナス面もあった。アペリティーヴォでの典型的なおつまみは、一口サンドイッチ、肉団子、フォカッチャ(ピザに似たイタリアのシンプルなパン)、角切りピザ、チーズ、サラミソーセージ、ライスサラダなど。バラエティ豊かだが、ハッピーアワーで混み合ったバール(気軽な立ち飲み酒場)では、おつまみに手を伸ばすのは容易なことではない。店の外まではみ出して、立ったままワインを飲む人の姿も夕方になるとよく見かける。
 かつて優秀なバーテンダーは、お酒の質やカクテルの季節感を大切にし、つまみもひとつひとつ丁寧に用意していて、洗練された雰囲気でアペリティーヴォをとることができた。ハッピーアワーの拡大とともに、お酒の質や落ち着いたエレガントな雰囲気は失われ、お酒と一緒に好きなだけ食べられることを優先、つまり「質より量」という方向へ向かって行ったのだった。
 そんななかで伝統的なアペリティーヴォに立ち戻り、創造性と高質を重視するひと時に変えようという動きが出てきた。カナッペ類やお寿司、エスニックなスナックなどで内容を充実させ、質にこだわるところが増えてきたのである。
 そして、ハッピーアワーの喧騒から、あのスタイリッシュなスタイルを取り戻すために、ディム・サムに変形し始めた。ディム・サムはもともと茶を飲み点心を食べて楽しむ中国の習慣。アペリティーヴォにこの要素がフューチャーされ、お茶の代わりのお酒一杯を、点心・つまみとともにテーブルに座ったままゆっくり優雅にと楽しむスタイルが広がりつつある。これならば、お皿に取るためにカウンターに並んでいる人ごみにくらくらすることもない。
 ディム・サム化はある意味ではアペリティーヴォのスローフード的な展開とも言える。座ってアペリティーヴォを楽しめば、ゆっくりとおしゃべりに花を咲かせることができ、リラックスしながらお酒のおいしさに集中できるからだ。
 イタリアで誕生したスローフード運動は、速さ優先で過ごしている今の暮らしを反省し、元々持っていた地域の食文化と生活を大切にする運動と定義されている。この考え方は、もともとイタリアには普通に根付いているものだ。アペリティーヴォも、飲食よりも友人と会話をしながら楽しく社交的に過ごすという役割が大きかった。それがいつしか産業のスピードに人が合わせるように変わり、他のヨーロッパの国ほどではないがイタリアといえども忙しいリズムの生活に慣れざるを得なかった。
 ディム・サムスタイルのアペリティーヴォは、あらためて料理の味わいやプレゼンテーションに焦点を当てる。どの1品も楽しく、美しいだけでなく、「おいしさ」が素直に伝わってくるよう、イタリア的にアピールする。まだ、このスタイルは、ローマやミラノのような大都市にしかない。ハッピーアワーに慣れたイタリア人が、果たしてディム・サムスタイルのアペリティーヴォへと移行できるのかどうか、期待とともに注目していきたい。
(シエイラ・ラシッドギル:コラムニスト、ローマ在住)

月刊 酒文化2007年04月号掲載