夏の夜を屋外で過ごそうとするウィーン子でおおいに賑わうのは、七月から九月にかけて市内にオープンする「サンド・イン・ザ・シティー」。その名の通り、細かい砂が敷き詰められた広大な敷地は、街の中心に現れた巨大なビーチとなり、ビーチバレーのコートがあったり、各国料理の屋台が並ぶ。ここで人気のドリンクはボウレ(Bowle)、白ワインに果物を漬けたフルーツパンチだ。店によって、イチゴ、ラズベリー、ピーチ、アプリコットなど、様々な種類のボウレがあり、軒先に果物の色が鮮やかなグラスや大きなボールが並んでいる。中華の屋台ではライチ・ボウレなんて言うのも見かけた。
ハンガリーと同じくワインを炭酸水で割る飲み方も一般的だが、そこにビターオレンジのリキュールを入れたりと、カクテルのようなドリンクメニューもある。ウィーンはワインの産地でありながら遊び心のある飲み方を考えるのがうまいと感心、そして若いワインも好まれる、その代表的なのがシュトゥルムだろう。
シュトゥルムとは英語ではストーム、嵐の意味、そしてブドウを絞って出来たジュースが、ワインになるために発酵している途中段階の名称でもある。九月になれば、飲み屋やレストランの壁には「シュトゥルムあります」と書いたポスターが貼られる。発酵途中なだけに飲める期間は限られているし、ボトルに栓をする訳にいかないので産地に近くなければ飲むことが出来ない。ウィーンは都市でありながらも、ちょっと郊外に出るだけでブドウ畑が広がる。この恵まれた環境のおかげで、秋になるとシュトゥルムが出まわる。
今年の秋、ウィーンに友人と二人で出かけた時の事、行く前に知り合いのオーストリア人に会ったので、シュトゥルムを楽しみにしていると話すと、彼女は「おいしいけど、飲みすぎには気をつけてね」と言う。わたしも飲めないほうではないし、一緒に行く友人は酒豪と呼べるほど飲めるので、その忠告にはあまり気を留めていなかった。ウィーンに到着して、教会前の広場に屋台が出てシュトゥルムが売られていたので早速注文。小さなジョッキに注がれたもやがかかったような白濁色の液体は、甘すぎず爽やかなブドウの香りがして飲みやすい。一杯目を飲んで、特に変化も感じないので二杯目を注文、今度はプチプチと細やかな泡が立っている、瓶によって発酵の度合いが違うので、アルコール度も違う、そして味も残っている糖分の分量でかなり変わってくる、確かにさっきの一杯より甘さが少ない、発酵がさらに進んでワインに近いのかも。
飲み終わってショッピングを続けるわたし達、友人が試着室に入った辺りから、なんだか様子が変わってきた。友人はふらふらし始めて、試着室から飛び出しそうになるし、わたしは椅子に座って居眠りをしそうになっていた・・・。お互い平常に戻るまでの間はたぶん三〇分くらい、プワッと舞い上がるように完全に酔っぱらっていたのだ。なんとも不思議な酔い、新感覚でさえあった。その後、シュトゥルムを見かけると、まるで賭けにでも出るように一杯飲んでは、変化無しと笑ってみたり、あ〜なんか来た! と盛り上がっていた。出来立てほやほやのアルコール分と、アルコールになりきらない分解途中の糖分、そしてその細やかな泡、この辺りが酔いを呼ぶ原因だとは思うけど、予測がつかないのがおもしろく、また恐ろしくもある旬の味なのである。
(すずきふみえ:フォトグラファー・ライター、ブダペスト在住)