通りでの飲酒と騒音

 ブダペストの街を歩いていると、昼間でもビールの缶や瓶を片手に、歩きながら飲んでいる人の姿を見るだろう。夜になれば、ビールだけでなくワインのボトルを飲みながら歩いていたり、通りにたむろっているグループもある。学生達にとっては、割り勘で安ワインを買い、みんなで1本開けてから、飲み屋に行くほうが安上がりだし早く酔える。バスや市電の停留所や、地下鉄の駅でもビールを飲んでいる人を見かける。週末にもなれば、ビール片手にそのまま車内に乗り込んきた若者のグループが騒がしい時もある。公共交通機関での飲食は一応禁止になっているのだが、特に注意する人はいない。
 若者の集まるガーデンパブやクラブの入り口にはセキュリティーが立っていて、酒類の持込みをチェックしている事がある。わたしも先日うっかり、片手にミネラルウォーターの入ったボトルを持ったまま店に入ろうとしたら止められてしまって、半分残っていたボトルを捨てなければならなかった。ハンガリーでは、カフェでもレストランでも、水を飲みたい人は有料のミネラルウォーターを注文するのが一般的だ。
 水のボトルでさえ持込が禁止な理由はもうひとつ、それは中身が水ではなく、果物の蒸溜酒「パーリンカ」の可能性があるからだ。無色透明の自家製パーリンカは、しばしばペットボトルや空き瓶に詰められて、上着のうちポケットに隠されパーティ会場に到着する。ブダペストではターンツハーズと呼ばれる、ハンガリーに伝わる民族音楽の生演奏で踊るダンスハウスが公民館やライブハウスで毎週開かれているのだが、会場に行き知り合いに会うと、そのうちの誰かが必ずパーリンカを勧めてくる。パーリンカを勧められると言う事は友好の証でもある。「健康に!」とボトルをかざして一口飲んでから、隣にいる人にそのボトルを回す。その場にいる友人たちの間を一周して、持ち主にボトルが戻る、まさに回し飲みだ。
 去年の11月からハンガリー西部にある市、Mosonmagyaróvárでは、レストランやカフェのテラス席、野外でのイヴェントがある日、そして大晦日以外の日は、条例で通りでの飲酒が禁止となった。理由は通りで酔っぱらう若者のグループによる騒音や乱闘騒ぎ、公共物の破損などが増えているという事にある。ハンガリーでは、すでに通りでの飲酒を禁止している市がいくつある。知らないで、つい缶ビールでも飲みながら通りに立っていて、運悪く警察につかまったら罰金となる。
 ブダペストは、今のところ通りでの飲酒には寛大な街だが、近所の住人と夜間の騒音について揉め事を抱えているカフェやバーがとても多い。市内には、いわゆる繁華街のような店の集まる特定の場所は数少なく、古い集合住宅の立ち並ぶ通りにカフェやバーがオープンする事が多い、同じ建物に住む住人との揉め事は大きくなったら営業に関わる。何らかの理由で市役所から言い渡されたのだろう、突然、臨時休業するカフェや、バンド演奏を中止するバーもある。住民が騒音にたいする苦情を出せば、店には警察も来る。店の入り口に立ち、セキュリティーを務めているコワモテの大男達の仕事は、アルコールの持ち込みチェックより、夜半、バーの外で酔っぱらった若者達が騒音を立てないように見張っている事にある。ちょっとでも大声で笑ったりしたものなら、早くここから離れて、別の場所にでも行ってくれ、と言わんばかりに丁寧に追い払われるのである。
(すずきふみえ:フォトグラファー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2008年01月号掲載