普段着で楽しむスパークリングワイン

 週末の夜のブダペスト、通りをふらふらと歩いていたら向こうから若い女の子の四人組が歩いてきた。女の子がおしゃべり好きなのは万国共通、彼女達は誰かが何かを言う度に大きな笑い声を立てている。万国共通ではなく、いかにもハンガリーらしいところは、歩きながらボトルを回し飲みしている事、彼女たちの手から手と渡される緑色の丸みを帯びたボトルは、ハンガリー産のスパークリングワインだった。
 スパークリングワインはハンガリー語で「Pezsgő (ペズグゥー)」、発泡性のという意味があり、この言葉を聞いただけで、細やかな泡がプチプチ音を立てて上がってくるイメージが湧く。スーパーや雑貨屋の酒類の置かれている棚にはワインの隣に必ずペズグゥーも並んでいる。ドライ、スウィート、ハーフドライ、ハーフスウィート、白にロゼ、赤、そしてノン・アルコールもあり、ボトルの形は同じでも、様々なラベルのついたハンガリー国産のスパークリングワイン、値段も日本円にして五〇〇円ほどからあり、手頃な価格のワインとの差はない。ハンガリーではペズグゥーはとても気軽に飲む事のできる酒のひとつなのだ。
 もちろん、特別な場面でのペズグゥーの登場も多い。立食のパーティなどでは、ウェイターが最初に運んでくのは、細いシャンパングラスに注がれた金色のペズグゥーだろうし、オペラの休憩時間、ドリンクとサンドイッチなどの軽食を買う事が出来るビュッフェのカウンターに並んでいるのもやはりキラキラ輝くペズグゥー。そして、必ずといっていいほど登場するのは大晦日、カウントダウンがゼロを数えた瞬間、花火がいっせいに上がり、ペズグゥーの栓が抜かれる。
 特別な日でも、そうでない日でも飲まれているペズグゥー、ハンガリーでの大きな産地のひとつはブダペストだ。ブダペスト郊外に広がる二二区ブダフォク、緑が多く残る地域で、空気も市中心よりずっと澄んでいる。一九世紀末、ヨージェフ・トゥーレイ(József Törley)がここにペズグゥーの工場を作った。ヨージェフ・トゥーレイはフランス、シャンパンの本場のランスでシャンパンの製造工程を学び、ブダフォクの土壌がランスの土壌に似ていてシャンパンの製造に適している事を知り、ハンガリーに帰国しペズグゥーの生産を始めた。トゥーレイのペズグゥーは、すぐにハンガリーだけでなく近隣諸国でも知られるようになる。一九世紀末はブダペストがヨーロッパの一都市として大きく発展した華やかな時代でもあった。その当時に作られたトゥーレイのアールデコ調の美しい広告を見ると、時代の繁栄を映し出しているようでとても興味深い。
 今年のイースターの休日、昼から開いている地元の駅前の小さな飲み屋の前を通りかかったので、コーヒーでも飲もうかと立ち寄った。入り口すぐのテーブル席に、休日出勤の帰り道なのか、はたまた家族で過ごすイースターの休日に飽きて家を抜け出してきたのか、二人のバーチ(ハンガリー語でおじさん)が並んで座っていた。彼らの前にはペズグゥーのボトル、そして、ふだん、この飲み屋で見た事が無い足のついたグラス(シャンパングラスではないけど・・・)。イースターを祝って乾杯をしているようにも見えるが、たぶん理由は何でも良かったんだろうと思う、普段着で飲むペズグゥーにも格別の味があるのだろうと感じるブダペストらしいひとコマだった。
(すずきふみえ フォトグラファーー・ライター、ブダペスト在住)

月刊 酒文化2008年06月号掲載