白い酒と深紅のシャルガム

 ヨーロッパの東の突先からアジアへと続く街、人口900万弱の大都市イスタンブール。行き交う人々が絶えることの無い繁華街、世界中から買い物客の集まるバザール、何度も訪れている街なのに、ブダペスト(人口170万)から行くと、初日は躍動感の溢れる街の活気に圧倒されてしまう。そして、トルコはイスラム教徒が大多数を占める国でありながら、アルコールに寛大な国、一日中観光に買い物にと歩き回って、へとへとになった体を生ビールで癒す事が出来る国。
 トルコのビールと言えばエフェスビール、ピルスナータイプのビールで飲み心地は軽くさわやか、アルコールを売る商店や飲み屋には必ずといっていいほどエフェスビールの青い看板が出ている。缶入りのビールでは、ピルスナータイプ以外にも、ライトにダーク、アルコール度の高いエクストラなどの種類がある。飲み屋やアルコールを提供できるカフェなどでは生ビールが人気、新市街の飲み屋が多く集まる通りなどでは、ビールの値段を看板やポスターなどで宣伝している店もあり、歩きながらついつい値段を比べてしまう。安いところでは300ccが3.5リラ(約300円)、500ccが4.5リラ(約380円)くらい、一軒の店を選んで通りに並べられたテーブル席に座りビールを注文する。周りを見渡すと、ほとんどの人が300ccのグラスでビールを飲んでいて、500ccのジョッキは少数派に見える。そして、ビールを前に友人たちと話しこんでいたりと、一杯のビールにずいぶんゆっくりと時間をかけている気がする。水の代わりにビールをクイクイっと一気に飲んでしまう光景を目にするブダペストから来ると、店内の雰囲気もずいぶん違う。飲み屋の並ぶ通りには、チャイ・ハネ(茶屋)や、水パイプの吸える店もある。これらの店ではアルコールを提供しない、それでも隣の飲み屋と同じような雰囲気が漂う。
 旧市街と新市街を金角湾をつなぐガラタ橋、2階建てのこの橋の上階は車道となっていて中央には市電も走る。両側にある歩道、橋の欄干は地元の釣り人たちに占領され、夕方にもなると数メートル間隔で釣竿が伸びている。下の階は歩行者専用だ。レストランや水パイプのあるティーハウス、そして飲み屋があり、それぞれの店のウェイターは客引きとなり、通りがかる人に頻繁に声をかけている。白いテーブルクロスのかかったシーフードレストランは少々高級感が漂うけど、数軒、リーズナブルな飲み屋もあり、イスタンブール名物の魚のサンドイッチとビールのセットなども楽しめる。ボスポラス海峡に沈む夕日を、上階から垂れてくる釣り糸越しに眺めながら、潮風に吹かれて飲むビールの味は格別だ。
 そして、トルコの酒といったらラクは欠かせない。ブドウからつくられる蒸溜酒でアニスの香りが漂う酒、ボトルに入っている時は無色透明だが、グラスに注ぎ水を加えると一瞬で白く濁る。レストランのテーブルに、グラスの底から口まで大きさの変わらない、やや小ぶりの細長いグラスが2個ずつ置かれていたら、その店ではラクが飲める。レストランで「メゼ(前菜)」の盛られた小皿の中から好きなものを選び、それらをつまみ飲むのもいいし、「オジャックバシュ」と呼ばれる炭焼き屋で一杯飲みながら子羊の肉の串焼きを味わうのもいい。
 2個あるグラスのひとつにはラクの水割り、もうひとつには水を注いでもいいが「シャルガム」を飲んでいる人も多い。シャルガムとは紫にんじんを発酵させてつくる飲み物、塩気と酸味の効いた漬物の汁で、スーパーなどではペットボトル入りで買う事も出来る。白く濁ったラクのグラスの隣に、深紅のシャルガムのグラス、色味も美しい飲む酒の肴、そして白チーズやオリーブ、夏だったらスイカやメロンも欠かせないラクの肴となる。トルコの伝統音楽を演奏するバンドのいる店では、ラクを片手に歌いだす客の声が聞こえてくるだろう、イスタンブールの夜はゆっくりと賑やかに更けていく。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2008年08月号掲載