廃墟、公園、そして屋上

 今年も春から夏にかけて期間限定のガーデンバーがいくつもオープンした。去年と同じ場所にオープンしたバーもあれば、名前はそのまま別の場所で営業しているバーもある。いくつかのバーの名前はすでに定着しているので場所を変えても人が集まる。例えば「ウェストバルカン」、わたしが覚えているだけでもすでに五回以上は移転している。
 市中心から少し離れたドナウ川沿いの緑地にオープンした時は、交通の便が悪かったが、それだけに隠れ家的な雰囲気があった。翌年はドナウ川沿いではあったが市中心にも少し近い場所にオープン、そして数年前までは八区の大きな都市計画の中に組み込まれていた廃墟を期限付きで借りて営業していた。つたの葉で覆いつくされた古いレンガの壁が美しい中庭に毎晩多くの人が集まっていたが、その建物は当初の予定通りすでに解体されている。その後も同じような廃墟を借りては営業を再開して、賃貸期間が過ぎると別の廃墟へと移転が続いている。
 今年も同じく八区の廃墟にオープン、子どもの遊び場があったりとユニークなつくりになっているが周辺一帯は工事現場、この土地も近い将来更地になるだろうと予想がつく、来年はどこにオープンするのか楽しみでもある。
 ドナウ川の中洲に浮かぶ島、マルギット島には今年も「シャーク」と言う七区にある小さなバーが営業する「シャーク・ケルト」がオープンした。同じく七区にあるバー「エラートー」は、市民公園内に「ケルテム」をオープン、ケルテムとは「わたしの庭」と言う意味で、大きな木々に囲まれた気持ちのよいガーデンバーだ。小さなステージも作られていて毎晩ジャズを中心をしたライブ演奏がある。緑あふれるマルギット島や広々とした市民公園は、街中からほんの少し離れるだけなのに空気が違う、夏の暑い日でも、日が落ちれば街中より涼しいのも魅力だ、自転車で訪れる客も多い。
 去年オープンした「コルヴィン・テトゥー」は、今年も春から営業を再開している。コルビンとはデパートの名前、テトゥーは屋上の意味、共産圏時代の雰囲気が漂う四角いデパートの建物の最上階と屋上を利用したバーだ。今年は西駅の向かいに立つスカラと言うデパートの建物のテラス部分にも「スカラ・テトゥー」がオープンした。公園やドナウ川沿いなど緑の多い場所や、廃墟や建物の中庭を利用したガーデンバーが主流のブダペストで、屋上にバーをオープンすると言うアイディアは新鮮で、エレベーターに乗るために行列が出来るほどの人気スポットだ。
 以前の記事に、コルヴィン・テトゥーに上がるエレベーターにはエレベーターボーイがいて、彼の隣にはクーラーボックスが置いてあり、その中では酒の入った小瓶が冷えていて、エレベータの中で買う事が出来ると書いた。先日、友人たちとエレベーターに乗ると、エレベーターボーイは「コルヴィン・テトゥーにようこそ」と言ってクーラーボックスを開けた。いつものようにパーリンカ(果物の蒸溜酒)やウニクム(ハンガリー特産の薬草酒)をすすめられるのかと思ったら、彼がクーラーボックスから出してきたのはポストカードだった。「冷えたところをどうぞ」と言って渡されたポストカードにはコルヴィン・テトゥーの今月のコンサートの予定が印刷されていたのだ。さすがにこれは予想していなかったので友人たちと大笑いしてしまった。
(すずきふみえ ブダペスト在住)

月刊 酒文化2008年09月号掲載