寒い夜のホットビール

 ポーランドの美しい古都クラクフ、旧市街の中心にある中央市場広場から、城壁に向かって伸びるフロリアンスカ通り。レストランや店が並び、一日中人々の絶えることのない賑やかなこの通りに、ひっそりと薬局博物館がたっている。クラクフにあるポーランド最古の大学、ヤギェウォ大学の運営する博物館で、薬局に関してヨーロッパ最大規模の素晴らしいコレクションを誇る博物館だ。館内には、ポーランド中から収集された、中世に使われた薬を作るための道具や、様々な形の薬瓶、処方箋や薬の包み紙まで、薬局に関するあらゆるものが、地下1階から地上4階までテーマごとに別れて展示されている。特に19世紀の薬局の内装がそのまま再現されていて、バロック調やビーダーマイヤー調など、その当時を象徴するデザインの棚に、ラベルのついた陶器やガラスのの薬瓶が並んでる様子は圧巻だ。
 博物館の地下には18世紀のものだと言うワインの樽が展示してあった、当時、ワインは立派な薬だったのだ。ポーランドではワインは生産されていなかったので、ハンガリーなど近隣諸国のワインをはじめ、さらに南のギリシャやイタリアでつくられたワインが、はるばるポーランドまで輸送され、薬として薬局で処方されていた。星座を意味するマークなどが描かれている樽もあり、医学、薬学が、昔は天文学とも深いかかわりを持って捉えられていただろう事が分かる。現在ではポーランドでも少しずつ国産のワインが増えている、ヤギェウォ大学でもブドウ畑を持っていて、ワインの生産をしているのだという。
 冬の間、中欧ではスパイスのきいたホットワインがよく飲まれる。12月になると町の広場で開かれるクリスマスマーケット、気温がマイナスにもなる事もある冷凍庫のように冷え切った冬の夜、クリスマスのプレゼントを探す人々がほっと一息をつくのが、出店で売られるほかほかと湯気の上がるホットワイン、中欧のどこの町でも見かける冬の風物詩だ。ポーランドのカフェやレストランのメニューにもホットワインを見かける事はあるが、ホットワインと同じ欄にホットビールと書かれているのをよく目にした。ホットワインと同じく、クローブやシナモンなどで香りがつけられ、蜂蜜などで甘みの加えられた冬の飲み物だと言う、ワインの国ハンガリーでは見かけた事がなかった。
 ポーランド人は甘いビールを好むのかもしれない。以前、ビールにラズベリーのシロップを入れると書いたが、フレーバー付のビールは缶ビールでも売られている。ラズベリー味だけでなく、ジンジャー味やりんご味まで揃っていた。ジンジャー味を試してみたが、ジンジャーエールで割ったビールと言う感じで甘みが強かった、ビールの味が苦手な人にとってはかなり飲みやすい、まるでソフトドリンクのようなビール、日本のいろいろな味の缶チューハイと同じ感覚なのかもしれない。その軽い飲み口はやはり女性をターゲットにしているのだろう。
 りんご味と言えば、もうひとつポーランドらしいカクテルがある、それは、タタンカ。ハーブの香りのついたポーランド特産の蒸溜酒、ズブロフカをりんごジュースで割ったカクテルだ。他の国で見ない、ポーランドらしいドリンクメニューを目にするたびに、この国には、ビールはこうあるべき、ウォッカはこうあるべき、と言うような垣根を取っ払って、酒を飲みやすくするための、柔軟な発想があふれているなぁ、と感じるのである。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)■

月刊 酒文化2009年01月号掲載