ペットボトル入り自家製コニャック

 昨年の11月、念願かなってモルドヴァ共和国に行く事が出来た。日本人にとっては、ヨーロッパの国の中でも、かなり馴染みの少ない国のひとつだと思う。「モルドヴァ共和国に行くの!」と日本の友人たちにメールをしたら、「その国、どこにあるの?」と言う返信がいくつも届いた。
 モルドヴァ共和国はルーマニアとウクライナに挟まれた、人口約410万人の小さな国、使用される言語はモルドヴァ語(ルーマニア語とほぼ同じ)とロシア語、その領土もルーマニアとロシアの間で揺れ続け、ヨーロッパの大きな歴史の流れに翻弄されてきた国だ。第2次世界大戦後はソビエト連邦に組み込まれ、1991年ソビエト連邦の崩壊後、独立を果たす。現在ではヨーロッパの最貧国とも言われている。数学の教師だと言う男性と話したら、月給は約100ドル、それだけじゃあ生活できないので、臨時で運転手の仕事も引き受けていると言う。それでもキシナウの街には首都らしい落ち着いた雰囲気があり、治安も悪くは感じなかった。旧共産圏ではカメラを嫌う人もいるが、街の中心近くにある大きな市場で、地元の人々にカメラを向けたら、多くの人が素敵な笑顔で答えてくれた。
 キシナウの空港に到着して、迎えに来てくれた現地の友人たちの車で、まずレストランへ。テーブルにはワイングラスとショットグラスが並んでいる。この後、行く事になる地方都市のレストランなどでも、ランチ、ディナーにかかわらず、テーブルの上にはショットグラスが初めからテーブルに置いてある事が多かった。食事とともにウォッカを飲む、ロシア文化圏なんだなと感じる。そして、モルドヴァと言えばワインだ。キシナウでの最初の夕食、せっかくだからまずワインをオーダーしようとメニューを見ていると、ウェイターが赤ワインの注がれたピッチャーを運んできた。レストランのオーナーと知り合いだと言う友人が、自家製のワインを持ち込んだのだ、彼のテーブルの下には、さらにワインの入ったポリタンクが置いてある、知り合いの店とは言え、レストランの対応も、なんともおおらかだ。友人の赤ワインは、できたての新ワイン、ぶどうジュースのように軽くて飲みやすいワインだった。
 友人たちが持ち込んだのは、ワインだけではなかった、プラムの蒸溜酒(ルーマニア語でツイカ)が、テーブルの上のショットグラスに注がれる。そんな感じで、モルドヴァ滞在中、友人たちがワインや蒸溜酒をどこにでも持ってきていたので、自分でお酒を頼む事がなかった。中でも感動したのは自家製のコニャック(本当のコニャックではないが現地ではこう呼んでいる)、個人的には、ふだんはほとんど飲む事のない酒だけど、そんなわたしにも分かるほど、香ばしくまろやかな風味が漂い、スムースなのど越し、その美味しさに驚いた。高級感漂う味わいなのだけど、コーラか何かの空きペットボトルに詰められている自家製の酒は、機会があったら、もう一度味わってみたいと思うほど。今回の旅で出会ったモルドヴァの人々は、皆とてもフレンドリーで親切、ホスピタリティーにあふれていた。雪が降るほど気温の下がった週だったけど、モルドヴァの人々の優しさ、そしてワインとコニャックで心も体も芯からから温められている気がした。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2009年02月号掲載