ワインセラー・サファリパーク

 モルドヴァ共和国は知る人ぞ知る、ワインの産地だ。庭には手入れの行き届いた家庭菜園のある家が多く、その一角や玄関先にはぶどう棚をよく見かけた。きっと自家製のワインをつくるのだろう。スーパーのワインの売場でも、国産のモルドヴァワインが棚の大部分を占めている。
 モルドヴァ共和国を訪れた昨年一一月はちょうど新しいワインが売り出されるシーズンだった。夕方、ワインを買いにスーパーに立ち寄ると、ワイン売場には笑顔のかわいいモルドヴァ美人が立っていて、客に売り出されたばかりの新ワインを勧めている。彼女は観光客のわたしにも気軽に話しかけてきた。辛口の赤ワインを探すつもりでいたのだけれども、彼女の笑顔に誘われてデミ・セック(中辛口)の新ワインを一本購入、値段は日本円にしたら一本三五〇円ほど。その夜、さっそく新ワインの栓を抜いてみる。フルーティな風味の若いワイン、思ったよりすっきりとした味わいで大満足だった。次の日、ワイン売場に前日と同じモルドヴァ美人が立っていたので、ワインがとっても美味しかったと伝えると笑顔で応えてくれた。
 首都キシナウから二〇キロ、車で約三〇分ほどのところに、ミレシュティ・ミチ(Milestii Mici)という村がある。人口五〇〇〇人弱の小さな村だがギネスブックに登録されるほどのすごい場所がある、それは世界最大のコレクションを誇るワインセラーだ。その数二〇〇万本以上。セラーは地下に作られ、迷路のように張り巡らされた通路の全長は、なんと二〇〇キロを超えると言う。
 二〇人ほど乗った小型のバスで到着したミレシュティ・ミチのワイナリー、門が開いてバスは中庭へと進み、建物の横にいったん駐車して車内で待機していると、今日の案内をしてくれるというガイドの男性がバスに乗り込んできた。ガイドは「ミレシュティ・ミチへようこそ」と説明を始める、ここでバスを降りるのかと思ったら、ガイドは運転手に発進を指示した。そして地下道への入口をくぐって、なんとバスに乗ったままワインセラーへと入っていった。この巨大なセラーは車で見学が出来るのだ。暗い地下道を進みながら、ガイドの説明が入る。それぞれの通りには、ピノ通り、カベルネ通りなどの名称がついていて、ワインの入った樽が延々と並んでいる。まるで動物の代わりにワインの樽を見るサファリパークのよう、時々歩いている人も車のヘッドライトに映し出される。このセラーに勤めている人だろうが、迷う事はないのかと心配になってしまうほど、どこまで行っても地下道は続いていた。中間地点でバスを降りる。いくつかのセラーは徒歩で見学する事が出来る。最後に白、赤、デザートワインの三種類を試飲して、バスに乗り地上へ出た。このセラーはモルドヴァが誇る観光名所のひとつなのだ。
 帰路のキシナウの空港。首都の空港だがゲートが四つしかなく、とても小さい。免税店にはモルドヴァワインを売る店もあり、財布の中に残った三〇〇円分ほどの小額紙幣で赤ワインを一本買う。モルドヴァで広く栽培されているピノノワールだ。財布の中にはさらに細かいお金が残っている、小さなバーの椅子に腰掛けて手のひらにコインを乗せてこれで何か飲めるかと聞いてみる。ここにも笑顔のモルドヴァ美人、金額分のワインをグラスに注いでくれた、旅人のわがままも聞いてくれる親切な対応に感動、モルドヴァの人々の笑顔が心に残る旅だった。
(すずきふみえ ブダペスト在住)

月刊 酒文化2009年03月号掲載