ブダペストのビール工場

 ブダペストの南東部に位置する一〇区、ケゥーバーンヤ(Kőbánya)の町には大きなビール工場がある。最初に醸造所が作られたのが一八五四年、以来いくつもの醸造所が建てられ、一九世紀から二〇世紀にかけてハンガリーのビール産業はブダペストの地で大きく発展した。ドレヘール・アンタルがここの醸造所を買い取ったのが一八六二年。大きく業績を伸ばしハンガリー最大規模となったが、第二次世界大戦後、共産主義の時代に他の醸造所と統合され、国営の「ケゥーバーンヤ・ビール工場」となる。ハンガリーが民主化された九〇年代初めに民営化されると、九七年に「ドレヘール・ビール工場」と名称を変更し、現在は「ドレヘール(Dreher)」、「アラニィ・アーソク(Arany Ászok)」など、大きなシェアをもつブランドを生産している。工場には小さな資料館があって、昔のビールのビンや、その時代を思い起こさせるようなユニークなラベルやポスターなどが展示されている。一〇人以上のグループは予約すればビール工場の見学も出来るそうだ。
 ハンガリーには他にも南部の都市ペーチ、オーストリアとの国境にあるショプロン、そして北東部のボルショドに大きなビール工場があり、ピルスナータイプのラガーやダークビールを生産している。メーカーによっては、アルコール度が高いビールやペットボトルに入った安価なビールなども生産しているところもある。ドイツやオーストリア、チェコなど近隣諸国のビールも入ってくるので競争は激しい。また、近年どのメーカーもアルコール抜き(〇・五%以下)のビールを生産しているのも時代の流れだろう。
 ハンガリー語で生ビールはチャポルト・シュル(csapolt sör)、タップ(蛇口)・ビールという意味だ。店によっては数種類の生ビールを揃えているところもあり、注文すると、どのメーカーがいいかとまず聞かれる。例えばチェコのピルスナー・ウルクエルなどはハンガリー産のビールに比べれば高いし、またハンガリー産でも少しずつ値段が違うので、一杯いくらかを聞いてから選ぶ客もいる。飲みたいビールが決まったら「コルショー(五〇〇cc)」か「ポハール(三〇〇cc)」のサイズも注文する。
 今年の春、近所のコチマ(飲み屋)の入口部分が新しくなっていた。店先の日よけやパラソルが真っ赤になっていて、真ん中にはアラニィ・アーソクのロゴが入っている、窓に同じデザインのステッカーも貼られている、その近くの雑貨屋にも同じく新品の赤い日よけが取り付けられていた。気軽に消費されるビールは、街中での宣伝競争も激しく、ビール会社が作る椅子やパラソルなどを使っているコチマも多い。近所のコチマの店先には、ビール会社のマークのはいった立て看板も出ていて、黒板にはチョークで「コルショー二五〇Ft(約一二〇円)、ポハール一五〇Ft(約七〇円)」と書いてある。少しでも安いビールは魅力的、通りがかりの人がポケットの小銭を数えてコチマに入る姿が目に浮かぶようだった。
(すずきふみえ ブダペスト在住)

月刊 酒文化2009年06月号掲載