ハンガリー語のいろいろ

 ヨーロッパの地図を眺めると、ほぼ真ん中あたりに位置しているハンガリー、海の代わりに7カ国との国境を持つ内陸の国だ。公用語はハンガリー語、あまり知られていないかもしれないけど、ハンガリー語はユニークな言語で、国境を接する近隣諸国の言語、オーストリアのドイツ語、イタリア語に近いラテン系のルーマニア語、旧ユーゴやウクライナ、スロヴァキアで話されているスラブ系の言語などとはまったく違う。言語学的にはフィンランド語やエストニア語と同じウラル語族に分類されているが、ハンガリー人とフィンランド人がお互いの言葉で会話しても意味は通じない。ハンガリー人のルーツはアジア来た騎馬民族と言われている、シベリアの西部にはハンガリー語に近い言語を話す民族が住んでいる。アジア系の言語とも呼ばれ、名前は日本語と同じように姓・名の順で表記するのも興味深い。ハンガリーには海が無いのに、どこか島国のように感じるのは、言語的に陸の孤島だからかもしれない。
 ハンガリーでは店に入る時に挨拶をする習慣がある。小さな店や飲み屋なら店員に、スーパーマーケットなどでもレジに並んで自分の番が来た時には「ヨー・ナポト・キヴァーノク(こんにちは)」と声をかける。店を出る時には、店員やウェイターに「ヴィソントラーターシュラ(さようなら)」と挨拶をするのが一般的だ。知り合いに会った時には「セルヴス(複数の相手にはセルヴストック)」、親しい間柄なら「シア(複:シアストック)」と声をかける。この挨拶は便利で、別れる時にも使える。また、英語の「ハロー」も浸透している。「セルヴス」や「シア」と同じように使うので、「ハロー」と言って別れる。
 英語で「Drink like a fish(魚のように飲む)」と言うと、大酒を飲む事を意味するが、ハンガリー語でも似た表現がある。例えば「Iszik, mint a gödény(まるでペリカンのように飲む)」、ペリカンのくちばしが、いかにも酒をがぶ飲みしている感じで、なかなかうまい言い回しだと思う。また、こんな表現もある。「Iszik, mint a kefekötő (まるでブラシ作り職人のように飲む)」、なぜブラシ職人なのか、何人かのハンガリー人の友人に聞いてみたけど、その理由ははっきり分からなかった、そんなところも、またおもしろいのかもしれない。
 暑い夏、のどの渇きを癒しつつ、清涼感も感じられるフルゥッチ(ワインの炭酸水割り)は、ワインの国ならではの気軽なドリンクだろう。白ワインのフルゥッチが一般的だけど、最近ではロゼのフルゥッチも人気だ。以前、グラスのサイズ、ワインと炭酸水の割合によってそれぞれ名称があると書いた事があるけれど、それらの意味もおもしろいので簡単にまとめてみる。300ccのグラスにワイン:2、炭酸水:1は「ナージ(大きい)・フルゥッチ」、ワイン:1、炭酸水:2なら「ホッスー・レーペーシュ(長いステップ)」、昼下がりに飲みはじめるときにはちょうど良い、薄めのフルゥッチだ。時間が無い時、ちょっと一杯というなら200ccのグラスにワイン:1炭酸水:1の「キシュ(小さい)・フルゥッチ」。逆にたっぷり、のんびり飲む時は500ccのグラスにワイン:3、炭酸水:2の「ハーズ・メシュテル(家の管理人)」、その逆、ワイン:2、炭酸水:3なら「ヴィツェ・ハーズ・メシュテル(副管理人)」。この辺りまではたいていのバーで通じるが、この前行った飲み屋にはさらなるフルゥッチがあった。ワイン:4、炭酸水:1「ハージ・ウール(家主)」、ワイン:1、炭酸水:4「ラコー(借家人)・フルゥッチ」、管理人、副管理人に倣ったのだろう、ハンガリー人のユーモアに感心しまうのはこんな時だ。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2009年07月号掲載