ザクースカとホリールカ

 ソビエト連邦の崩壊にともない、1991年に独立を果たした国、ウクライナ。東から北にかけてはロシア、ベラルーシ、西側にはポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、ルーマニア、モルドヴァとの国境があり、南部は黒海に面している。ヨーロッパではロシアに次いで2番目に国土の大きい国で、ヨーロッパの穀倉地帯とも呼ばれる肥沃な大地に恵まれ、小麦、ライ麦、ジャガイモなどを栽培している大農業国だ。
 ウクライナの酒と言えば、ロシア、ポーランドと同じく、まずウォッカだろう、ウクライナ語では「ホリールカ」と呼ばれている。キエフの街を初めて訪れた時、ふと立ち寄った食料品屋でホリールカの瓶の値札を見て驚いた、予想はしていたけど安い、1リットルの大瓶が日本円にしたら300円もしないくらいで売っている。農業国らしく、小麦やライ麦など、ホリールカの原料となる穀物の種類も豊富で、ボトルのサイズも50ミリリットルの手のひらサイズの小瓶から、1リットルの大瓶までいろいろあり、それらが、どこの店に行っても、たいていずらりと棚に並んでいた。ウクライナではビールを飲む人も少なくない、長い冬を乗り越え、新緑が芽吹き始めたばかりのキエフの街では、公園や広場でビールを片手にくつろいでいる人々をよく見かけた。ホリールカを飲みなれているウクライナ人にとって、ビールは、アルコールというより、のどの渇きを癒す清涼飲料のような存在なのかもしれない。
 ウクライナにはレモン、ブラックカラント、樺の木の芽など、果物やスパイスでフレーヴァーの加えられたホリールカもある。数あるホリールカの中でも、特に美味しかったのは蜂蜜と唐辛子の入ったホリールカ、これはウクライナの特産品なので、高価な外国産のウォッカしか売っていなかったキエフ空港の免税店でも、唯一売っていた国産のホリールカだった。蜂蜜入りといっても、他の国にあるような薬草酒とは違い、舌に残る甘さは無い。アルコールの度数が強い酒を飲みやすくする程度の微量な甘味、そして唐辛子のピリリとした後味は、なんともさわやかな飲み心地だった。
 ウクライナの酒の席では、ロシア同様、前菜、つまみ、を意味する「ザクースカ」がテーブルに並ぶ。ウクライナの特産といえばサロ、豚の脂身だ。塩漬けや燻製された豚の脂身は、ウクライナに限らず、中東欧全体で食されていて、呼び名も、サロンナ(ハンガリー語)、スラニナ(チェコ語、スロヴァキア語、ルーマニア語)など、ちょっとずつ変化はあるが、同じ食文化を共有している事が感じられる。料理などにも使われるが、薄切りにしてパンに乗せて、そのまま食べるのが一番簡単で、一般的な食べ方だ。ショットグラスにホリールカが注がれる、バターの代わりにサロの乗るパン、ホリールカがすすむ最高のザクースカだった。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2009年10月号掲載