甘い酒が美味な冬

 暗く冷たい、まるで長いトンネルに入ってしまったかのような中欧の冬、一筋の光が見えるとしたらそれはクリスマス、誰もが心待ちにする休暇だ。一二月初め、早いところでは一一月の下旬になると、街の中心にある広場では、クリスマスマーケットが開かれる。ウィーンやプラハ、ブダペストなどの首都では、クリスマスマーケットの規模も大きい。じっくり時間をかけて楽しむためにも、厚手のコートに加えて、帽子、手袋、マフラーは必須だ。それでも冷えてきたら、甘いホットワインを飲みながらひと休み。シナモンやクローブなどのスパイス、そして、オレンジやレモンなど柑橘系の香りがつけられた温かなワイン、これが欠かせない。
 数年前からブダペストのクリスマスマーケットでも、「Budapest」のロゴがデザインされた、かわいらしいマグカップに、モクモクと白い湯気の上がるホットワインが注がれるようになった。料金にマグカップのデポジット代が含まれているので、マグカップをお店に返せば、デポジット代が返ってくるし、もちろん、そのままマグカップを旅の記念に持ち帰ることも出来る。ゴミにならない、環境にやさしいアイディアだ。なにより、プラスティックのカップより数倍美味しく感じる。
 ハンガリーワインを代表する、トカイの貴腐ワイン。この甘いデザートワインは、ハンガリーでは、この時期に一番飲まれるのではないかと思う。この秋、トカイに行く機会があり、いくつかのセラーを訪ねて、様々なワインを試飲した。蜂蜜のように甘く、それでもさわやかなブドウの香りが広がる、上等な貴腐ワインを試飲しながら、セラーの人に、ハンガリー人はどんな時に貴腐ワインを開けるか? と聞いてみたら、まず最初に出た答えが「クリスマス」だった。トカイの貴腐ワインはハンガリー人にとっても特別な存在、贈り物としても喜ばれる。家族が集まる一年で一番大切な祝日のために、とっておきの一本を開ける家庭も多いのだろう。
 もうひとつ、甘くて美味しいお酒の飲み方がある。それは、メーゼシュ(蜂蜜味の)・パーリンカ(果物の蒸溜酒)。数年前、とある飲み屋のバーのカウンター、知り合いの男性がパーリンカを一杯、空のショットグラスを一個、そして蜂蜜を注文していた。ハンガリーでは紅茶やハーブティに蜂蜜を入れるので、たいていのカフェやバーにも蜂蜜が置いてある。ショットグラスになみなみと注がれたパーリンカを、もうひとつの空のショットグラスに、ちょうど半々になるように注ぐ、それぞれのグラスに蜂蜜をたっぷり入れて、そしてスプーンで蜂蜜がとけるまで、ゆっくり、ゆっくりとかき混ぜながらこう言った、「女の子にはね、甘い酒が効くんだよ」。彼が両手にショットグラスを持って、戻っていったテーブル席には、美しい女性が二人、まったくどちらをくどくつもりなんだか、と、その彼の背中を見ながら心の中で大笑い。
 メーゼシュ・パーリンカは、風邪をひいた時などにも飲まれる。アルコール度が四〇度を超える強いパーリンカを、蜂蜜がたちまちまろやかにしてしまい、驚くほど飲みやすい。わたしも、風邪をひきそうな寒い夜には、寝酒に台所でメーゼシュ・パーリンカをつくる。ショットグラスに透明な酒、そこに金色の蜂蜜を入れて、ゆっくりとかき混ぜながら、「そうそう、これは女性に効く酒なんだよね」と、何年経っても、思い出し笑いをしながら。(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2009年12月号掲載