EUとワイン

 09年に製造されるワインから、EUの規定によって、フランスのスパークリングワイン以外、「Cuvée」という名称を使用する事が出来なくなると言うニュースを耳にした。ハンガリーでは「Cuvée(ハンガリーではクヴェーと発音)」と言えば、2種類以上のブドウの品種が使用されているワインの事を意味する、ハンガリー南部、赤ワインの産地、ヴィッラニーやセクサールドなどで、好んで用いられている名称だ。多くのワインセラーは、セラーの名前を冠したクヴェーを高品質のワインとして売り出しているし、「Ermitage Cuvée(エルミタージュ・クヴェー)」や「Cuvée phoenix(クヴェー・フェニックス)」など、高級感あふれる凝った名称のワインは、レストランのワインリストを演出している。ハンガリーワインでは、クヴェーと言うと、フランス語特有の響きも手伝って、上質なワインが期待され、ある意味、新しいトレンドになっていたとも思う。クヴェーの代わりに使用される共通の名称はまだ決まっていないらしい。
 EUに加盟してすぐの05年、南ハンガリーを代表する赤ワインの品種、「(ケーク)オポルトー」が、ドイツ語の「(ブラウ)ポルトギーゼー」に統一される事が決まり、翌年06年にラベルが一新され市場に出回った。輸出などでの混乱を避けるという理由は分かるが、ハンガリー国内で流通するワインにも適用され、ハンガリーワインなのに、ドイツ語の品種名で売られている事に、当時は少々寂しさを感じたことを思い出した。
 反対にハンガリーで使用されている名称が国際的に使用される規格となった例もある。ハンガリーワインを代表する貴腐ワインの産地、トカイがそのひとつ。イタリア北東部、オーストリア、スロヴェニアと国境を接する白ワインの産地フリウリ地方で生産されている品種「トカイ・フリウラーノ」。このワインに記載される「トカイ」の名称が、ハンガリーがEUに加盟する10年以上も前から、両国の間で問題になっていた。結果的にEUはトカイ産のワインに、「トカイ」の使用権を与えた、そして、10年余りの準備期間を経て、「トカイ・フリウラーノ」は、「フリウラーノ」として08年に再出発する事になった。
 「トカイ」と言う名称は、ハンガリーの北東部に位置するトカイと、その周辺に広がるトカイワイン産地と呼ばれる地方、そして国境を越えたスロヴァキアの一部の畑で生産されたワイン以外には使用が禁止されている。さらに言えば、トカイ地方で作られていても、決められた品種以外のぶどうのワインや、また、少量ながらも生産されている赤ワインには、トカイと言う名称は使用できず、トカイ地方を含むワイン産地、「ゼンプレーン(Zemplén)」のワインとして分類されると、トカイのワイン農家の人から聞いた。
 「トカイ・フリウラーノ」はイタリア国内だけではなく、アメリカなどの輸出先でも、イタリア産の白ワインの品種として、すでに定着していたので、名称の変更はフリウリ地方のワイン農家にとって大きな影響が予想された。それ以上に、「トカイ・フリウラーノ」にしても、また、ハンガリーの「ケークオポルトー」にしても、長年にわたって栽培し続けている農家やワイン生産者にとって、慣れ親しんだブドウ品種の名称を変えるということは、心の痛む出来事だったに違いない。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2010年01月号掲載