トカイ・ワインフェスティバル

 ハンガリーの北東部、貴腐ワインの産地として知られるトカイ。南にはプスタと呼ばれる広大な大平原が広がり、北にはスロヴァキアとの国境に続くゼンプレーン山脈が連なる、そしてボドログ川とティサ川、2つの川が合流する地点でもある。トカイの朝は、しっとりとした霧に包まれる事が多いと言う。山と平原に挟まれ、柔らかい湿度の保たれた丘陵地帯、この地形のおかげでブドウが貴腐ブドウになる。2002年にはユネスコの世界遺産にも登録された。ブダペストからは列車に乗って約2時間半で行く事が出来る。
 昨年10月、ワインフェスティバルの開催される週末にトカイを訪れた。10月にしては暖かく、素晴らしい秋晴れの続いた週だった。町の中心にある広場にはステージが作られ、民族衣装を着た子ども達のダンスなどが披露されている。ステージ近くの一角にはワイナリーが出店していて、グラスを片手にいろいろなセラーのワインを飲み歩く事が出来る。広場へと続く道には、木のおもちゃや刺繍の美しい布、陶器など、ハンガリーらしい民芸品から、鍋などの日用雑貨まで様々な露店が並んでいて、午後になると簡単には前に進めないほどの人出で賑わっていた。
 周辺の町や村から来ている人が大部分だが、外国人観光客も見かけた。耳にする外国語で一番多かったのはポーランド語。ポーランドの南部に住む人々は、南へ向かいスロヴァキアを走りぬけ、半日ほどのドライブでトカイに来る事が出来るのだという。ポーランド人にとって、トカイは週末に遊びに来て、心ゆくまでワインを楽しむ事の出来る絶好の行楽地なのだ。
 フェスティバルのプログラムに「グヤーシュ・コンテスト」があった。グヤーシュとはパプリカ風味の牛肉スープ、ハンガリーを代表する料理のひとつだ。朝の8時からスタートしたグヤーシュ・コンテスト、一軒のレストランの広い前庭が会場となり、いくつものボグラーチと呼ばれる黒い鉄の大鍋から、様々な趣向を凝らしたグヤーシュを煮込む煙が上がっていた。家族、親戚のグループや近所の仲良しが集まったグループ、白い調理服を着ているのは料理学校の生徒たちのグループ、まるで同窓会を楽しんでいるような若者のグループは、フェスティバルのために帰省してきたのだという。
 最初のグループのグヤーシュの鍋を覗いたとたん、まずはこれを飲めと、ショットグラスを渡された、パーリンカ(果物の蒸溜酒)だ。朝10時の一杯、村の生活は、しばしばパーリンカでスタートする事を忘れていた、まあ一杯くらいなら、と一気に飲み干す。ワイン産地らしく、ブドウの絞り滓からつくられる自家製のパーリンカはとても美味、そして、とても強かった。お礼を言って、隣のグヤーシュの鍋を覗きに行くと、まずはパーリンカと、またショットグラスを渡される。その隣も、その向かいのグループも、まるで決まりごとのようにパーリンカをすすめてくれる。ワインの里のワインフェスティバルで、朝から何杯も飲まされる事になるのがパーリンカだとは予想していなかった。結局、数時間、ボグラーチを囲む輪に仲間入りして楽しく過ごした。都市に住んでいると忘れがちな、ゆったりとした休日の時間の流れを、朝のパーリンカが思い出させてくれた週末だった。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2010年02月号掲載