外飲みの季節

 春の足音が聞こえはじめ、冷たい空気が和らぐと、ブダペスト(ハンガリー)の街には外飲みを楽しむ人が目立つようになる。四月はカフェやレストランが通りにテラス席を設けるし、五月から六月にかけては、期間限定のガーデンバーも続々とオープンする。この街では、外飲みとはオープンエアーな店で飲む事に限らない、街中の広場や公園、さらには通りを歩きながら、市電や市バスの中(原則的には禁止)でも、ビールを飲んでいる人を見かけるだろう。酒屋には、ワンショットサイズ(四〇cc)の、ウォッカの小瓶も売られていて、店先で買ったばかりの小さなビンの栓をひねって、ちょっと一杯、なんて人の姿もよく見られる。店によっては、店頭での立ち飲み禁止する注意書きを貼っているところもあるが、そんな店の前にも、空の小瓶が転がっていたりする。
 ポーランドでは公共の場での飲酒が禁じられている。ポーランド南部のクラクフを訪れた時、世界中からの観光客があふれる旧市街で、ビールを片手に歩いている男性の後を警官が追っているのを見た。路上での飲酒禁止の法律は知っていたけれども、実際に厳しく取り締まられている事に驚いた。ガイドブックにも一言添えた方がいいかもしれない。旅の雰囲気に浮かれて、路上で缶ビールの栓を抜かないようにと。もちろん、カフェやレストランのテラスや、屋外でのフェスティヴァルなどでの飲酒は認められているので、ポーランドでも外飲みは十分に楽しめる。
 ハンガリーでも市によっては路上での飲酒を禁止している。また、数年前から、ブダペストでも、夜一一時から翌朝六時まで、酒類の販売を禁止する区が出てきた。ブダペストには、日本のようなチェーン・コンビニはないが、簡単な食料品やタバコ・酒などを売っている小さな商店があり、深夜まで、または、二四時間営業している。新しい条例が施行された区の店は、夜中に酒類を売れなくなってしまった。場所によっては、区境にある道を向こう側に渡れば、夜間の酒類販売禁止の条例が無い区になり、ちょっと足を伸ばせば、夜中でも酒を買う事は出来るわけで、条例が施行された区にある店は、不運を嘆いているかもしれない。
 外飲みに寛容なブダペスト、市内を走る三路線の地下鉄が交差する街の中心、デアーク・テレ駅、地上に上がったところにあるエリザベート広場はもともとはバスターミナルのあった場所だが、ターミナルの移転にともない緑地化された。ここに、「Gödör」、ハンガリー語で「穴」と言う名のクラブがある。その名の通り、地下にコンサートも開ける広さのイベントスペースがあり、その地下に続く階段を下りたところには、広いオープンエアのカフェがつくられていて、この季節は昼夜を問わず、多くの人で賑わう。
 ここ数年、夜になると、この広場に多くの若者がたむろするようになった。安いビールやワインを持ち込み、ベンチや芝生に座り込んで仲間たちと飲んでいる。ちょうどよく、すぐそばにスーパーもあるので、飲み物やスナックも買い足す事が出来る。週末や、Gödörクラブのイベントと重なる夜などは、まるで日本の花見シーズンくらいに混みあう。若者にとっては、カフェやバーで飲むより、スーパーで買って飲むほうが数段安上がりだし、自由に騒げる。このままでは、区が何らかの規制を設けそうな雰囲気もあるけれど、いまのところ、こんな外飲みが容認されているのもブダペストらしい。
(すずきふみえ・ブダペスト在住)

月刊 酒文化2010年06月号掲載