水とソーダ水

 ハンガリーのカフェやレストランでは、日本のように席につくとまず水が出てくる、というサービスはない、他のヨーロッパの国も同様だろう。水を飲みたい時にはミネラルウォーターを注文するのが一般的だ、日本から来たばかりだと、水にお金を払うなんてと、思ってしまうかもしれないが、コーヒーや紅茶は何杯も飲んだし、ジュースも甘ったるくて飲みたくないけど、ビールにはまだちょっと早い・・・なんて時でも、ミネラルウォーターだけ注文して、カフェでのんびり休憩をする事できるので、意外に便利だ。ハンガリーの水道水は、そのまま飲むことができるので、カフェによっては、トレイに乗ったコーヒーカップの横に、水の入った小さなグラスがついてくることもある。飲み物、例えばビールやワインなどのアルコールや、食事を注文する際に、水道水を頼めば、無料で持ってきてもらう事もできる、それでも通常はミネラルウォーターを注文する場合が多い。最近では、氷のある店も見かけるようになったが、基本的にハンガリーでは飲み物に氷を入れる習慣がないので、特に暑さの厳しい夏、生ぬるい水道水よりは、冷蔵庫でしっかり冷やされたミネラルウォーターのほうが数段美味しい。
 ハンガリーは水の豊富な土地だ、全国各地に温泉が湧き出ているし、ミネラルウォーターの産地も点在している。ミネラルウォーターを注文すると、炭酸入りか、炭酸なし、のどちらがいいかを聞かれるだろう。ハンガリーの水は硬水で、産地によっては、塩っぽさや、鉄っぽさなど、慣れていないと、ちょっとクセを感じる水もあるので、日本ではあまり飲まれていない、炭酸入りのほうが逆に飲みやすかったりもする。青いキャップは炭酸入り、ピンクは炭酸なし、最近見かけるようになった緑は微炭酸、水を買うときに覚えていると便利だ。ここ数年、りんごやラズベリーなど、果物の味がほんのりする水も売っている。水のボトルは500cc入りから売っているので、かばんに入れて持ち歩くのにもちょうどいい。また、温泉水も健康飲料水として売られていて、薬局ではもちろん、スーパーマーケットなどでも、クラシックな美しいラベルのついたボトルが、ミネラルウォーターの棚の一角に並べられている。
 さて、ハンガリーの飲み屋にはミネラルウォーターだけでなく、ソーダ・ヴィーズ(ソーダ水)がある。100年以上前に、水に炭酸ガスを入れたソーダ水の大量生産を発明したのはどうやらハンガリー人らしい。ワインを炭酸水で割って飲む「フルゥッチ」が、ハンガリーで広く愛飲されている理由のひとつかもしれない。飲み屋ではフルゥッチを作るためのソーダ水は欠かせない。大きなタンクで仕入れていたり、清涼飲料水が入ったディスペンサーのひとつがソーダ水だったり、店によっていろいろだ。ちょっとレトロなソーダ水専用のボトル、「ソーダ・サイフォン」を使っている店もある。
 今では手軽にミネラルウォーターが買えるようになったので、実際に使用している人は少なくなってしまったけど、昔はソーダ・サイフォンのボトルは、一般の家庭にもあった。水を入れて、炭酸ガスの入った「パトロン」と呼ばれるカートリッジをはめると、ボトルの水に炭酸ガスが注入される。いたって簡単な仕組みで、自宅でシュワシュワと気泡の上がる水が飲める。ラズベリーやエルダー・フラワーなどのシロップをソーダ水で割れば甘くさわやかな清涼飲料になるし、もちろんフルゥッチも楽しめる。
 近所にできたワイン屋に、フルゥッチ用の安ワインを買いに行った時、「フルゥッチにはソーダ水を使わなきゃ。ミネラルうウォーターには味があるだろ、あれが邪魔になる、純粋な水でできたソーダ水じゃなければ、フルゥッチは美味しくできないんだ」と、ウンチクを聞かされた。炭酸水にこだわりを持つのも、フルゥッチの伝統があるハンガリーならではと言えるかもしれない。
(すずきふみえ:ブダペスト在住)

月刊 酒文化2010年08月号掲載